ヘ胃袋に訴える。ガステル([#ここから割り注]訳者注 胃袋を意味する人物[#ここで割り注終わり])は奮激する。しかしガステルとても常に不正なるものではない。飢餓の問題においては暴動も、たとえばブュザンセーのそれのごとく、真実と悲壮と正義とから出発する。けれどもそれはやはり暴動である。なぜであるか? 根底には理由を持ちながら形式のうちに不正を有したからである。権利を持っているが残忍であり、力強くはあるが暴戻であって、何らの見境もなく打ち回った。他を踏みつぶしながら盲目の象のように進んでいった。後ろには老人や婦人や子供の死骸《しがい》を残した。自ら何のゆえかを知らないで、無害なる者や無辜《むこ》なる者の血を流したのである。民衆に食を与えんとするは善《よ》き目的である、虐殺は悪《あ》しき方法である。
すべて武器を取ってなす抗議は、最も正当なものでさえも八月十日([#ここから割り注]一七九二年[#ここで割り注終わり])でさえも、七月十四([#ここから割り注]一七八九年[#ここで割り注終わり])でさえも、皆初めは同じ混乱に陥る。権利が解放さるる前に、騒擾《そうじょう》と泡沫《ほうまつ》とがある。大河の初めは急湍《きゅうたん》であるごとく、反乱の初めは暴動である。そして普通は革命の大洋に到達するものである。けれども時としては、精神的地平の上にそびゆる高山、すなわち正義と英知と道理と権利などから発し、理想の最も純なる雪で作られ、岩より岩へと長い間の転落を経て、その清澄のうちに青空を反映し、堂々たる勝利の歩を運びつつ、無数の支流を集めて大きくなった後、あたかもライン川が沼沢のうちに入り込むごとく、反乱もある中流民的|泥濘《でいねい》のうちに突然姿を没することがある。
しかし、すべてそれらは過去のことである。未来はそれと異なる。普通選挙は驚嘆すべき特質を有していて、暴動をその原則に引き戻し、また反乱せんとする者に投票権を与えながらその武器を奪う。市街戦と国境戦とを問わずすべて戦役の消滅、それこそ必然の進歩である。今日はどうであろうとも、平和は「明日[#「明日」に傍点]のもの」である。
なおまた、反乱と暴動と、両者を区別する前述のごとき色合《いろあい》を、いわゆる中流民は知るところはなはだ少ない。中流民にとっては、すべて皆、謀叛《むほん》であり、単純なる反逆であり、主人に対する番犬の反抗であり、鎖と檻《おり》とをもって罰すべき咬《か》みつかんとの試みであり、吠《ほ》え声であり、叫び声である。ただしそれも、犬の頭がにわかに大きくなり、獅子《しし》の面貌《めんぼう》となって影のうちにおぼろに浮き出してくる、その日までのことである。
その日になって中流民は叫ぶ、「民衆万歳!」
以上の説明を施した後、さて歴史にとって、一八三二年六月の騒動は何であるか? 一つの暴動であるか、または一つの反乱であるか?
それは一つの反乱である。
しかしこの恐るべき事変の叙述に当たって、時として吾人は暴動だと言うこともあるであろう、ただしそれも、事実を表面的に形容するために過ぎないので、暴動的形式と反乱的|根蔕《こんたい》との間に常に区別を設けてのことである。
一八三二年のこの騒動は、その急激な爆発とその悲しい終滅とのうちに、多くの壮大さを持つがゆえに、そこに暴動をしか認めない者らでさえも、それを語るには尊敬の念を禁じ得ないであろう。彼らにとっては、それは一八三〇年([#ここから割り注]七月革命[#ここで割り注終わり])のなごりのようなものである。彼らは言う。想念の動揺は一日にして静まるものではない。一つの革命は一挙にして断ち切らるるものではない。平和の状態に戻る前には必然に多少の波瀾《はらん》が常にあるもので、あたかも山岳から平野におりてゆくようなものである。アルプスの山脈には常にジュラの小脈がついており、ピレネー山脈には常にアステュリーの小脈がついている。
パリー人の脳裏で暴動の時期[#「暴動の時期」に傍点]と称するところの、現代史中のこの壮烈なる危機は、十九世紀の幾多の騒擾《そうじょう》の時期のうちにおいても、たしかに独特の性質を有する一時期である。
物語にはいる前になお一言つけ加えたい。
次に語ろうとする事柄は、劇的な生きたる現実に属するものであるが、時間と場所とが不足なので往々歴史家から等閑に付せられている。けれどもそこには、吾人は主張したい、そこには、人間の生命のあえぎと戦慄《せんりつ》とがある。前に一度述べたと思うが、小さな個々の事柄は、言わば大なる事変の枝葉のごときものであって、歴史の遠方に見えなくなっている。いわゆる暴動の時期[#「暴動の時期」に傍点]には、この種の些事《さじ》が無数にある。裁判上の調査も、歴史とはまた異なった理由から、
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