@専制君主の所謂[#ここで割り注終わり])は外敵である。専制が人の精神的国境を侵すのは、あたかも外寇《がいこう》が地理上の国境を侵すと同じである。暴君を追うもイギリス人を追うも、共におのれの領土を回復することである。抗議のみでは足りない時も到来する。哲理の後には実行を要する。はつらつたる力は思想が草案したところのものを完成する。縛られたるプロメシュース[#「縛られたるプロメシュース」に傍点]([#ここから割り注]訳者注 アイスキロスの戯曲、火を盗みてジュピテルより岩に縛られし所を取り扱えるもの[#ここで割り注終わり])は事を始め、アリストゲイトン([#ここから割り注]訳者注 ハルモディオスと共にヒッパルコスをくつがえせし者[#ここで割り注終わり])は事を終える。百科辞典([#ここから割り注]ディドローらの[#ここで割り注終わり])は人の魂を照らし、八月十日([#ここから割り注]一七九二年[#ここで割り注終わり])はそれに電気を与える。アイスキロスのあとにはトラジプロスがいで、ディドローのあとにはダントンが出る。およそ群集は首領をいただきたがる傾向を持っている。その集団は無感覚を産む。一群集は容易に一塊となって服従する。ゆえに彼らを振るい立たせ、つき進め、解放の恵みをもって刺激し、真理をもってその目を打ち、激しく光明を投げ与えなければならない。彼らは自ら多少おのれの救済によって雷撃されなければならない。その眩惑《げんわく》は彼らの目をさまさしむるものである。ゆえに警鐘が必要となり、戦いが必要となる。偉大なる戦士が立ち上がり、その勇壮さをもって諸国民を照らし、いわゆる神聖なる権利、シーザー式の光栄、武力、盲信、責任を知らざる主権、絶対的権威、などのために闇《やみ》でおおわれてるこのあわれなる人類を、揺り動かしてやらなければならないのである。人類は実に、暗黒の影暗い勝利を、その偽りの光輝のうちに、ただ茫然《ぼうぜん》とうちながめてばかりいる烏合《うごう》の衆にすぎない。暴君を打ち倒せ! しかしそれはだれのことを言うのか。ルイ・フィリップを暴君というのか。否、彼はルイ十六世と同じく別に暴君ではない。彼らはいずれも、歴史が普通に善良なる国王と呼ぶところのものである。しかしながら、主義は細断することを得ないものである、真実なるものの論理は直線的なものである、真理の特性は追従を知
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