ヘない。ところでその娘は、父親に隠れてお前に会ってるんだな。よくあることだ。わしにもそんな話はある、いくらもある。そしてお前はやり方を心得てるか。本気にならないことだ、深みにはまらないことだ、結婚だの正式の手続きだのに落ちてゆかないことだ。ただうまくさえやればいい。ふみはずしさえしなけりゃいい。すべりぬけるんだ、結婚してはいかん。古い引き出しの中にいつでも金包みを入れてる、元から人の好《よ》いお祖父《じい》さんに会いに行くんだ。そして言うがいい。お祖父さんこのとおりです。するとお祖父さんは言ってくれる。なにあたりまえのことだ。青春は過ぎ去るものだ、老年は砕け去るものだ。私も一度は若かった、お前も今に年取る。やがてお前にも孫にそう言ってやるような時が来る。さあここに二百ピストル([#ここから割り注]二千フラン[#ここで割り注終わり])ばかりある。これで遊んで来るがいい。それが一番だ。万事こういうふうになるのが本当だ。結婚するものではない。それかと言って女に手を出すなというんではない。どうだわかったか。」
 マリユスは石のようになって一言も発することができず、ただ頭を振ってわからないという意を示した。
 老人は笑い出し、年老いた目をまたたき、彼の膝《ひざ》をたたき、不思議な輝いた顔つきで彼をまともに見つめ、ごくやさしく肩をすぼめて言った。
「ばかだね、情婦にするんだ。」
 マリユスは顔色を変えた。彼は今祖父が言ったことは少しも理解していなかった。ブローメ街だの、パメラだの、兵営だの、槍騎兵《そうきへい》だのという冗弁は、マリユスの前を幻灯のように通りすぎた。それらのうちには、百合《ゆり》の花のようなコゼットに関係のあるものは一つもなかった。老人は種々なことをしゃべりちらした。しかしそれらの枝葉の言葉は、マリユスが了解した一言、コゼットに対する極度の侮辱である一言に、ついに到達した。「情婦にするんだ[#「情婦にするんだ」に傍点]」というその一言は、謹厳な青年の心を刃のごとく貫いた。
 彼は立ち上がり、下に落ちていた帽子を拾い、断乎《だんこ》たるしっかりした歩調で扉《とびら》の所まで行った。そこで彼はふり向き、祖父の前に低く身をかがめ、再び頭をもたげ、そして言った。
「五年前にあなたは私の父を侮辱しました。今日はまた私の妻を侮辱しました。もう何もお願いしません。お別れします
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