ニころでむだなことだった。ジルノルマン氏は爪《つめ》の先まで祖父ではあったが、一点も大伯父たるところはなかった。
実のところ、彼は才智をそなえていてふたりを比較していたので、テオデュールがいることはますますマリユスを惜しむの念を強めるばかりだった。
ある晩、六月の四日であったが、ジルノルマン老人はなお暖炉に盛んな火をたかして、娘を隣室に退かせ縫い物をさしていた。そして彼はひとりで牧歌的な飾り立てをした室《へや》に残っていて、薪台の上に足を置き、コロマンデルの広い九枚折り屏風《びょうぶ》に半ば囲まれ、緑色の笠《かさ》の下に二本の蝋燭《ろうそく》が燃えているテーブルに肱《ひじ》をつき、毛氈《もうせん》の肱掛け椅子《いす》に身を埋め、手に一冊の書物を持っていた。しかし別にそれを読んでるのでもなかった。いつものとおりアンクロアイヤブル([#ここから割り注]執政内閣時代の軽薄才子[#ここで割り注終わり])式の服装をして、ちょうどガラー([#ここから割り注]訳者注 大革命から帝政時代の政治家[#ここで割り注終わり])の古い肖像を見るがようであった。そんな服装で往来に出ようものなら人だかりがするかも知れなかったが、娘はいつも彼が出かける時には司教のような広い綿入れの絹外套《きぬがいとう》を着せてやったので、人の目につかなかったのである。家にいる時には、起き上がった時と寝る時とのほかは決して居間着をつけなかった。「あれを着ると老人らしく見える[#「あれを着ると老人らしく見える」に傍点]、」と彼は言っていた。
ジルノルマン老人はマリユスのことを考えると、かわいくなったり苦々《にがにが》しくなったりしたが、普通は苦々しさの方が強かった。そのいら立った愛情は、しまいには煮えくり返って、憤怒に終わるのが常であった。そして後には、あきらめをつけて心を痛めるものをじっと受け入れようとするほどになっていた。彼は自ら説き聞かしていた、もうマリユスが帰って来るはずはない、帰って来るものならとくに帰ってるはずである、もうあきらめなければならないと。そして、もう万事終わりだ、自分は「あの男」に再び会わないで死んでゆくのだ、という考えになれようとつとめていた。しかし彼の天性はそれに反抗した。年老いた親身《しんみ》の心はそれに同意することができなかった。それでも彼は口癖になってる悲しい言葉をくり返した
前へ
次へ
全361ページ中223ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング