ネ光景に返った。
街路で今起こったことも、森を驚かすことはできなかったのである。大木、蘖《ひこばえ》、灌木《かんぼく》、深く交差した枝、高い草、皆陰惨な存在を保っている。荒々しい群れはそこに、目に見えざるものが突然姿を現わすのを見る。人界以下のものが、靄《もや》を通して、人界の彼方《かなた》のものをそこに見いだす。われわれ生ある者の知らぬ諸々《もろもろ》のものが、夜のうちにそこで互いに顔を合わせる。毛を逆立てた粗野な自然は、超自然的と思われる種々のものが近づくのを感じて狼狽《ろうばい》する。諸々のやみの力は互いに知り合い、互いに不思議な均衡を保っている。牙《きば》や爪《つめ》も、つかみ得《う》べからざるものを恐れる。血をすする獣性、餌物《えもの》をさがす飢えたる貪欲《どんよく》、爪と顎《あご》とをそなえ腹のみがその源であり目的である本能、それらのものは、平然たる幻の姿をおずおずとながめまたかぎまわす。その姿は経帷子《きょうかたびら》に包まれて彷徨《ほうこう》し、おぼろなるうち震う上衣にくるまって直立し、死の世界の恐ろしい生命に生きてるがようである。ただ物質にすぎない獰猛性《どうもうせい》などは、凝って一つの不可解なる者となってる広大なる暗黒を相手にするのを、漠然《ばくぜん》と恐れている。道をふさぐ黒い形は、一挙に野獣の歩みをさえぎり止める。墳墓から出でたる者が、洞窟《どうくつ》から出でたる者を脅かし狼狽《ろうばい》させる。獰猛なるものは凄惨《せいさん》なるものを恐れる。狼《おおかみ》は幽鬼に出会ってあとに退く。
六 マリユスおのれが住所をコゼットに知らす
人間の顔をした番犬が鉄門をまもり、六人の盗賊らがひとりの娘の前から退却していった間、マリユスはコゼットのそばにいた。
かつてこれほど、空は星をちりばめて美しく、樹木はうち震い、草のかおりは濃まやかな時はなかった。かつてこれほど、小鳥はやさしい音を立てて木の葉の間に眠ってることはなかった。かつてこれほど、宇宙の朗らかな諧音《かいおん》は内心の愛の調べによく調子を合わしてることはなかった。かつてこれほど、マリユスは心を奪われ幸福で恍惚《こうこつ》たることはなかった。しかるに彼はコゼットが悲しい様子をしてるのを見て取った。コゼットは泣いたのだった。彼女の目は赤くなっていた。
それはこの楽しい夢の中に
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