ニもせず言葉をかけようともしないだろうということは、前後の事情から明らかだった。ジルノルマン家に対しては、ポンメルシーは一つの疫病神《やくびょうがみ》にすぎなかった。一家のものは自分たちだけで思い通りに子供を育てるつもりだった。そういう条件を受け入れたのは大佐の方もおそらく誤っていたかも知れない。しかし彼はそれに甘んじて、別に悪いこととも思わず、自分だけを犠牲にすることだと思っていた。ジルノルマン氏の遺産は大したものではなかったが、姉のジルノルマン嬢の遺産は莫大《ばくだい》なものだった。この伯母《おば》は未婚のままで、物質的に非常に富裕だった。そしてその妹の子供は当然その相続者だった。
子供はマリユスという名だったが、自分に父のあることを知っていた。しかしそれ以上は何もわからなかった。だれもそれについては聞かしてくれなかった。けれども、祖父から連れてゆかれる社交場での、人々のささやきや片言や目くばせなどは、長い間に子供の目を開かせ、ついに子供に多少の事情をさとらした。そして、言わば彼の呼吸する雰囲気であるそれらの思想や意見は、自然と彼のうちに徐々に浸潤し侵入してきて、いつのまにか彼は
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