サれらの地面のうちの最も狭くそれらの家のうちの最も粗末なものに住んでいた。彼はそこにひとりで寂しく黙々として貧しく暮らしていた。そして若くもなく老年でもなく、美しくも醜くもなく、田舎者《いなかもの》でも町人でもないひとりの女が、彼の用を足していた。彼が自分の庭と称していたその四角な土地は、彼の手に培養さるる美しい花によって、町で評判になっていた。花を作るのが彼の仕事だった。
 労力と忍耐と注意とまた桶《おけ》の水とによって、彼は造物主に次いで巧みな創造をすることができた。そして自然から忘られていたようなみごとなチューリップやダリヤを作り出した。彼ははなはだ巧妙だった。アメリカや支那からきた珍しい貴重な灌木《かんぼく》を培養するために小さな石南土の塊《かたま》りを作ることにおいては、スーランジュ・ボダンにもまさっていた。夏には夜明けから庭の小道に出て、芽をさしたり、枝をはさんだり、草を取ったり、水をやったり、花の間を歩き回ったりして、善良な悲しげなまた安らかな様子をし、あるいは夢みるように数時間じっとたたずんでは、木の間にさえずる小鳥の歌やどこかの家からもれる子供の声などに耳を傾け、ある
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