にできるだけ近く進み出て、まさにかみつかんとする野獣のようなその姿勢のまま叫んだ。
「俺《おれ》はファバントゥーというんじゃねえ、ジョンドレットというんでもねえ。俺はテナルディエという者だ。モンフェルメイュの宿屋の亭主だ。いいか、そのテナルディエなんだ。さあこれで貴様、俺がわかったろう。」
 ほとんど見えないくらいの赤みがルブラン氏の額にちらと浮かんだ。そして彼は例の平静さで、震えもしなければ高まりもしない声で答えた。
「いっこうわからない。」
 マリユスの耳にはその答えもはいらなかった。その暗闇《くらやみ》の中にそのとき彼を見た者があったならば、駭然《がいぜん》とし呆然《ぼうぜん》として打ちひしがれたような彼の様子が見られたであろう。ジョンドレットが「俺はテナルディエという者だ[#「俺はテナルディエという者だ」に傍点]」と言った瞬間に、マリユスはあたかも心臓を貫かれる刃の冷たさを感じたかのように、全身を震わして壁にもたれかかった。それから合い図の射撃をしようと待ち構えていた右の腕は静かにたれ、ジョンドレットが「いいかそのテナルディエなんだ[#「いいかそのテナルディエなんだ」に傍点]」
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