スはジョンドレットの跡をつけてその街路に出るのをやめた。それはマリユスにとって幸いだった。なぜなら、彼が先刻長髪の男と髯《ひげ》の男との話を聞いた低い壁の所まで行くと、ジョンドレットはふり返ってながめ、跡をつけてる者も見てる者もないのを確かめ、それから壁をまたぎ、姿を消してしまったのである。
 その壁に囲まれた荒れ地は、あまり評判のよくない古い貸し馬車屋の後庭に続いていた。その馬車屋はかつて破産したことがあったが、まだ小屋の中には四、五台の古馬車を持っていた。
 ジョンドレットの不在の間に帰ってゆく方が悧巧《りこう》だとマリユスは考えた。その上もうだいぶ遅くもなっていた。毎晩早くから、ビュルゴン婆さんは町に皿洗いに出かけて、いつも戸を閉ざすことにしていたので、家の戸はきまって暮れ方には締まりがしてあった。ところがマリユスは鍵《かぎ》を警視に渡してしまった。それで急いで帰る必要があった。
 夕方になっていた。夜は刻々に迫っていた。地平線の上にもまた広い大空のうちにも、太陽に照らされた所はただ一カ所あるきりだった、すなわち月が。
 月はサルペートリエール救済院の低い丸屋根のかなたに、赤く上
前へ 次へ
全512ページ中423ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング