、そして叫んだ。
「も一つおもしろいことを聞かしてやろうか。あの娘はな……。」
「え、なに?」と女房は言った、「あの娘が?」
マリユスはもう疑えなかった。まさしくそれは「彼女」のことに違いなかった。彼は非常な懸念で耳を傾けた。彼の全生命は耳の中に集中していた。
しかしジョンドレットは身をかがめ、女房に低い声でささやいた。それから身を起こして、声高に言い添えた。
「彼女《あれ》だ!」
「さっきのが?」と女は言った。
「そうだ。」と亭主は言った。
およそいかなる言葉をもってしても、女房の言ったさっきのが[#「さっきのが」に傍点]? という語のうちにこもってたものを伝えることはできないだろう。驚駭《きょうがい》と憤慨と憎悪《ぞうお》と憤怒とがこんがらがって一つの恐ろしい高調子になって現われたのである。亭主から耳にささやかれた数語、それはおそらくある名前だったろうが、それを聞いたばかりでこの大女は、ぼんやりしていたのがにわかに飛び上がって、いとうべき様子から急に恐るべき様子に変わったのである。
「そんなことがあるもんかね!」と彼女は叫んだ。「家の娘どもでさえ跣足《はだし》のままで長衣もな
前へ
次へ
全512ページ中402ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング