まうかも知れない。マリユスはまったく困惑した。がついに彼は危険をおかして室《へや》を出た。
 もう廊下にはだれもいなかった。彼は階段の所へ走っていった。階段にもだれもいなかった。大急ぎで階段をおり、大通りに出ると、ちょうど馬車がプティー・バンキエ街の角《かど》を曲がって市中へ帰ってゆくのが見えた。
 マリユスはその方へ駆けていった。大通りの角までゆくと、ムーフタール街を走り去る馬車がまた見えた。しかしもうよほど遠くなので、とうてい追っつけそうもなかった。後を追って駆け出す、そんなこともできない。その上、足にまかして追っかける者があれば馬車の中からよく見えるので、老人はすぐに自分だということに気づくに違いない。しかしちょうどその時、思いがけなくもふとマリユスは、官営馬車が空《から》のままで大通りを過ぎるのを認めた。今はもう、その馬車に乗って先の馬車の跡をつけるよりほかに方法はなかった。そうすれば安心で確実でまた危険の恐れもない。
 マリユスは手を挙げて御者を呼びとめ、そして叫んだ。「時間ぎめで!」
 マリユスはえり飾りもつけていず、ボタンの取れた古い仕事服を着、シャツは胸の所の一つの襞《
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