ごくまれにしかなかった。また外出する時でさえ、鍵《かぎ》を錠前に差し込んだままにしておいた。「泥坊がはいりますよ、」とブーゴン婆さんはよく言った。「盗まれるものは何もありません、」とマリユスは答えていた。けれども実際、ある日|古靴《ふるぐつ》を一足盗まれたことがあって、ブーゴン婆さんの言ったとおりになった。
扉は再び初めのようにごく軽くたたかれた。
「おはいりなさい。」とマリユスは言った。
扉は開いた。
「何か用ですか、ブーゴン婆さん。」とマリユスはテーブルの上の書物と書き物とから目を離さないで言った。
するとブーゴン婆さんのでない別の声が答えた。
「ごめんなさい。あの……。」
その声は鈍く乱れしわがれ濁っていて、火酒《ウォッカ》や焼酎《しょうちゅう》で喉《のど》をつぶした老人のような声だった。
マリユスは急にふり返った。そこにはひとりの若い娘がいた。
四 困窮の中に咲ける薔薇《ばら》
まだうら若い娘がひとり、半ば開いた扉《とびら》の所に立っていた。光のさしこむ屋根裏の軒窓がちょうど扉と向き合ったところにあって、彼女の顔を青白い光で照らしていた。色の悪いやせ衰
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