ある。第二は、ファトゥー射的場の隣だったので、終日|拳銃《ピストル》の音がして、それにたえ得なかったからである。
 彼はその特産植物誌と銅版と植物標本と紙ばさみと書物とを持って、サルペートリエール救済院の近くに、オーステルリッツ村の茅屋《ぼうおく》に居を定めた。そこで彼は年に五十エキュー(二百五十フラン)で、三つの室《へや》と、籬《まがき》で囲まれ井戸のついてる一つの庭を得たのである。彼はその移転を機会として、ほとんどすべての家具を売り払ってしまった。そして新しい住居にはいってきた日、きわめて愉快そうで、版画や植物標本をかける釘《くぎ》を自分で打ち、残りの時間は庭を掘り返すことに使い、晩になって、プリュタルク婆さんが陰気な様子をして考え込んでるのを見ると、その肩をたたいてほほえみながら言った、「おい、藍《あい》ができるよ。」
 ただふたりの訪問客、ポルト・サン・ジャックの本屋とマリユスとだけが、そのオーステルリッツの茅屋で彼に会うことを許されていた。なお落ちなく言えば、戦争にちなんだこの殺伐な地名は、彼にはかなり不愉快でもあった。
 なおまた、前に指摘してきたとおり、一つの知恵か、一つ
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