ローマのシクスティーヌ礼拝堂でアレグリ作の聖歌でも歌いそうなスュルタンという牡猫《おねこ》が、彼女の心を占領して、彼女のうちに残ってる愛情にとっては十分だった。彼女の夢想は少しも人間までは及ばなかった。決して彼女は自分の猫より先まで出ようとはしなかった。猫と同じように口髭《くちひげ》がはえていた。その自慢はいつもまっ白な帽子だった。日曜日に弥撒《ミサ》から帰って来ると、行李《こうり》の中の下着を数えたり、買ったばかりで決して仕立てない反物を寝床の上にひろげてみたりして、時間を過ごした。読むことはできた。マブーフ氏は彼女にプリュタルク婆さん[#「プリュタルク婆さん」に傍点]という綽名《あだな》をつけていた。
 マブーフ氏はマリユスが好きであった。なぜなら、マリユスは若くて穏和だったので、彼の内気を脅かすことなく彼の老年をあたためてくれたからである。穏和な青年は、老人にとっては風のない太陽のようなものである。マリユスは武勲や火薬や入り乱れた進軍など、父が幾多の剣撃を与えまた受けたあの驚くべき戦闘で、まったく心を満たされてしまったとき、マブーフ氏を訪ねて行った。するとマブーフ氏は、花栽培の方
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