す。窮迫は豪胆の乳母《うば》となる。不幸は大人物のためによき乳となる。
苦しい生活のある場合には、マリユスは自ら階段を掃き、八百屋でブリーのチーズを一スーだけ買い、夕靄《ゆうもや》のおりるのを待ってパン屋へ行き、一片のパンをあがなって、あたかも盗みでもしたようにそれをひそかに自分の屋根部屋へ持ち帰ることもあった。時とすると、意地わるな女中らの間に肱《ひじ》で小突かれながら、片すみの肉屋にひそかにはいってゆく、ぎごちない青年の姿が見えることもあった。彼は小わきに書物を抱え、臆病《おくびょう》らしいまた気の立った様子をして、店にはいりながら汗のにじんだ額から帽子をぬぎ、あっけにとられてる肉屋の上《かみ》さんの前にうやうやしく頭を下げ、小僧の前にも一度頭を下げ、羊の肋肉《ろくにく》を一片求め、六、七スーの金を払い、肉を紙に包み、書物の間にはさんでわきに抱え、そして立ち去っていった。それはマリユスだった。彼はその肋肉を自ら煮、それで三日の飢えをしのぐのであった。
初めの日は肉を食い、二日目はその脂《あぶら》を吸い、三日目にはその骨をねぶった。
幾度も繰り返してジルノルマン伯母《おば》は、
前へ
次へ
全512ページ中228ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング