胆汁《たんじゅう》だ。あるいはロシアを喜ぶべきであるか。ヴォルテールはロシアを賛美した、また支那をも賛美した。僕とても、ロシアは美を有している、なかんずくすぐれたる専制政治を有している、ということは認むる。だが僕は専制君主を気の毒に思うものだ。彼らの生命は弱々しいものだ。ひとりのアレキシスは斬首《ざんしゅ》され、ひとりのピーターは刺殺され、ひとりのポールは絞殺され、もひとりのポールは靴の踵《かかと》で踏みつぶされ、多くのイワンは喉を裂かれ、数多のニコラスやバジルは毒殺されたのだ。そしてそれらのことは、ロシア皇帝の宮殿が明らかに不健康な状態にあることを示すものだ。開化せるあらゆる民族は、戦争という一事を持ち出して思想家に賛美させる。しかるに戦争は、文明的戦争は、ヤクサ山の入り口における強盗の略奪より、パス・ドートゥーズにおけるコマンシュ土蛮の劫掠《ごうりゃく》に至るまで、山賊のあらゆる形式を取り用い寄せ集めたものである。諸君は僕に言うだろう、なあに、ヨーロッパはそれでもアジアよりはすぐれたる価値を持ってるではないかと。僕もアジアは滑稽《こっけい》であることに同意する。しかし僕は諸君は達頼
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