ないことだ。諸君は打ち勝って満足するが、それは何というみじめなことだ。ああ至る所、虚栄と卑怯《ひきょう》とのみだ。すべては成功にのみ臣事している。文法までがそうだ。万人成功を欲す[#「万人成功を欲す」に傍点]、とホラチウスは言った。だから僕は人類を軽蔑《けいべつ》する。全から部分へ下れと言うのか。諸君は僕に民族を賛美し初めよと言うのか。乞《こ》うまずいかなる民族をやだ。ギリシャなのか。昔のパリー人たるアテネ人らは、あたかもパリー人らがコリニーを殺したようにフォキオンを殺し、アナセフォラスがピシストラッスのことを、彼の尿は蜜蜂《みつばち》を呼ぶと言ったほどに、暴君に媚《こ》びていたのだ。五十年間ギリシャで最も著名な人物は、文法家のフィレタスだった。きわめてちっぽけなやせ男だから、風に吹き飛ばされないようにと靴《くつ》に鉛をつけておかなければならなかった。コリントの大広場には、シラニオンが彫刻しプリニウスが類別した像が立っていた。それはエピスタテスの像だ。ところがエピスタテスという男は何をしたか。彼は足がらみを発明したにすぎない。ギリシャとその光栄とは、それだけのうちにあるんだ。それから他
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