驍烽フである。ニコレットは祖父の命令によって、大急ぎでマリユスの「ぼろ屑《くず》」をその室《へや》に持ってゆきながら、自分でも気づかずに、たぶん薄暗い上の階段にでもあろうが、大佐の書いた紙片がはいっている黒い粒革《つぶかわ》の箱を落とした。そしてその紙も箱も見つからなかった。きっと「ジルノルマン氏」が――その日以来もうマリユスは祖父のことをそういうふうにしか決して呼ばなかった――「父の遺言」を火中に投じたものと、マリユスは思い込んだ。彼は大佐が書いたその数行を暗記していたので、結局何らの損害をも受けはしなかった。しかしその紙、その筆蹟、その神聖な形見、それは実に彼の心だったのである。それがどうされたのであるか?
 マリユスはどこへ行くとも言わず、またどこへ行くつもりか自分でも知らず、三十フランの金と、自分の時計と、旅行鞄《りょこうかばん》に入れた二、三枚の衣服とを持って、家を出て行った。そして辻馬車《つじばしゃ》に飛び乗り、時間借りにして、ラタン街区の方へあてもなく進ました。
 マリユスはどうなりゆくであろうか?
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   第四編 ABCの友



     一 歴史的た
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