った。フォントノアの剣は笑うべきものであり、一つの錆《さび》くれにすぎなかったと言う。マレンゴーの剣は擯斥《ひんせき》すべきもので、一つのサーベルにすぎなかったと言い返す。昔は昨日をけなした。人々はもはや、偉大なるものに対する感情も持たず、嘲笑《ちょうしょう》すべきものに対する感情も持たなかった。ナポレオンを称してスカパンと言う者もいた([#ここから割り注]訳者注 スカパンとはモリエールの喜劇中の人物にて、奸知にたけた悪従僕の典型[#ここで割り注終わり])。しかしそういう社会は今はもうなくなっている。くり返して言うが、今日ではもう影も止めていない。で、今日、偶然その相貌《そうぼう》を多少つかんできて、頭の中に浮かべようとする時には、あたかもノアの洪水《こうずい》以前の世界ほどに不思議なものに思われる。そしてまた実際その社会も一の洪水によってのみ込まれてしまったのである。二つの革命によって姿を消してしまったのである。思想とはいかに大なる波濤《はとう》であるか! 破壊し埋没すべく命ぜられたすべてをいかに早くおおい隠し、恐るべき深淵をいかにたちまちの間にこしらえることか。
そういうのが、
前へ
次へ
全512ページ中106ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング