サれらの地面のうちの最も狭くそれらの家のうちの最も粗末なものに住んでいた。彼はそこにひとりで寂しく黙々として貧しく暮らしていた。そして若くもなく老年でもなく、美しくも醜くもなく、田舎者《いなかもの》でも町人でもないひとりの女が、彼の用を足していた。彼が自分の庭と称していたその四角な土地は、彼の手に培養さるる美しい花によって、町で評判になっていた。花を作るのが彼の仕事だった。
 労力と忍耐と注意とまた桶《おけ》の水とによって、彼は造物主に次いで巧みな創造をすることができた。そして自然から忘られていたようなみごとなチューリップやダリヤを作り出した。彼ははなはだ巧妙だった。アメリカや支那からきた珍しい貴重な灌木《かんぼく》を培養するために小さな石南土の塊《かたま》りを作ることにおいては、スーランジュ・ボダンにもまさっていた。夏には夜明けから庭の小道に出て、芽をさしたり、枝をはさんだり、草を取ったり、水をやったり、花の間を歩き回ったりして、善良な悲しげなまた安らかな様子をし、あるいは夢みるように数時間じっとたたずんでは、木の間にさえずる小鳥の歌やどこかの家からもれる子供の声などに耳を傾け、あるいはまた、草の葉末に宿る露の玉が太陽の光に紅宝玉のように輝くのを見入っていた。彼の食卓はごく質素で、また葡萄酒《ぶどうしゅ》よりも多くは牛乳を飲んでいた。子供に対しても彼は一歩を譲り、召し使いからまでしかられていた。気味悪いくらいに内気で、めったに外出することはなく、顔を合わせる者とてはただ、彼のもとへやってくる貧民どもと、親切な老人である司祭のマブーフ師のみだった。けれども、町の人だのまたは他国の人だのだれであろうと、チューリップや薔薇《ばら》を見たがってその小さな家を訪れて来る時には、彼はほほえんで門を開いてくれた。それがすなわち前に言った「ロアールの無頼漢」だったのである。
 それからまた、軍事上の記録や、伝記や、機関新聞や、大陸軍の報告書などを読んだことのある者は、そこにかなりしばしば出て来るジョルジュ・ポンメルシーという名前を頭に刻まれたであろう。そのジョルジュ・ポンメルシーはごく若くしてサントンジュ連隊の兵卒であった。そのうちに革命が起こった。サントンジュ連隊はライン軍に属することになった。王政からの古い連隊は、王政|顛覆《てんぷく》後もなおその地方の名前を捨てないでいて、旅団に編成されたのはようやく一七九四年のことだったのである。さてポンメルシーは各地に転戦し、スピレス、ウォルムス、ノイスタット、ツルクハイム、アルゼー、マイヤンスなどで戦ったが、このマイヤンスの時などは、ウーシャールの後衛たる二百人のうちのひとりだった。彼は十二番目にいて、アンデルナッハの古い胸壁の背後でヘッセ侯の全軍に対抗し、胸壁の頂から斜面まですべて敵砲のために穿《うが》たれるまでは本隊の方に退却しなかった。マルシエンヌおよびモン・パリセルの戦いの時にはクレベルの下に属し、後者の戦いでは腕をビスカイヤン銃弾に貫かれた。次に彼はイタリー国境に向かい、ジューベールとともにテンデの峡路《きょうろ》をふせいだ三十人の擲弾兵《てきだんへい》のひとりだった。その時の武勲により、ジューベールは高級副官となり、ポンメルシーは少尉となった。ロディーの戦いでは、霰弾《さんだん》の雨注する中にベルティエのそばに立っていた。「ベルティエは砲手であり騎兵であり擲弾兵であった[#「ベルティエは砲手であり騎兵であり擲弾兵であった」に傍点]」とボナパルトをして言わしめたのは、その戦いである。またノヴィーにおいては、自分の古い将軍たるジューベールが剣を上げて「進め!」と叫んでる瞬間にたおれるのを見た。また戦略上自分の一隊を引率して小船に乗り、ゼノアからやはりその海岸のある小さな港へ向かった時には、七、八|艘《そう》のイギリス帆船の網の中に陥った。ゼノア人の船長の考えでは、大砲を海中に投じ、兵士を中甲板に隠し、商船と見せかけて暗中をのがれたがった。しかるにポンメルシーは、旗檣《きしょう》の綱に三色旗を翻えさし、毅然《きぜん》としてイギリス二等艦の砲弾の下を通過した。それから二十里ばかり行くうちに、彼の大胆さはますます加わり、その小船をもってイギリスの大運送船を襲って捕獲した。その運送船はシシリアに兵士を運んでいたのであって、舷側《げんそく》までいっぱいになるほど人員と馬とを積んでいた。一八〇五年には、フェルディナンド大公からグンズブールグを奪ったマーレル師団の中にいた。ウェッティンゲンにおいては、弾丸の雨下する中に、竜騎兵第九連隊の先頭に立って致命傷を受けたモープティー大佐を腕に抱き取った。アウステルリッツにおいては、敵の砲火の下を冒してなされたあの驚嘆すべき梯形《ていけい》行進中にあって勇名を上
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