いた。捕虜はもはや、片足が寝台に結わえられてるばかりだった。
七人の男がはっと我に返って飛びかかるすきも与えず、彼は暖炉の所に低く身をかがめ、火鉢の方に手を伸ばし、それからすっくと立ち上がった。そして今やテナルディエもその女房も悪漢どもも、驚いて室《へや》のすみに退き、呆然《ぼうぜん》と彼を見守った。彼はほとんど自由になって恐ろしい態度をし、すごい火光がしたたるばかりのまっかに焼けた鑿《たがね》を、頭の上に振りかざしていたのである。
ゴルボー屋敷におけるこの待ち伏せの後に間もなく行なわれた裁判所の調査によれば、二つに切り割って特殊な細工を施した大きな一スー銅貨が、臨検の警官によってその屋根部屋《やねべや》の中に見い出されたのだった。その大きな銅貨は、徒刑場の気長い仕事によって暗黒な用途のために暗黒の中で作り出される驚くべき手工品の一つであり、破獄の道具にほかならない驚くべき品物の一つだった。異常な技術に成ったそれらの恐るべき微妙な作品が宝石細工に対する関係は、あたかも怪しい隠語の比喩《ひゆ》が詩に対する関係と同じである。言語のうちにヴィヨンのごとき詩人らがあると同じく、徒刑場のうちにはベンヴェヌート・チェリーニのごとき金工らがおる。自由にあこがれてる不幸な囚人は、時とすると別に道具がなくても、包丁や古ナイフなどで、二枚の薄い片に一スー銅貨を切り割り、貨幣の面には少しも疵《きず》がつかないように両片をくりぬき、その縁に螺旋条《らせんじょう》をつけて、また両片がうまく合わさるようにこしらえることがある。それは自由にねじ合わせたりねじあけたりできるもので、一つの箱となっている。箱の中には時計の撥条《ぜんまい》が隠されている。そしてその撥条をうまく加工すると、大きな鎖でも鉄の格子《こうし》でも切ることができる。その不幸な囚徒はただ一スー銅貨しか持っていないように思われるが、実は自由を所有してるのである。ところで、後に警察の方で捜索をした時、その部屋《へや》の窓に近い寝台の下で見いだされた、二つの片に開かれてる大きな一スー銅貨は、そういう種類のものであった。それからまた、その銅貨の中に隠し得るくらいの小さな青い鋼鉄の鋸《のこぎり》も見い出された。おそらく、悪漢どもが捕虜の身体をさがした時、捕虜はその大きな銅貨を持っていたが、それをうまく手の中に隠し、それから次に、右手が自由になったので、それをねじあけ、中の鋸を使って縛られてる繩《なわ》を切ったものであろう。マリユスが気づいたかすかな音とわずかな動作とは、またそれで説明がつく。
見現わされるのを恐れて身をかがめることができなかったので、彼は左足の縛りめは切らなかったのである。
悪漢どもは初めの驚きからようやく我に返った。
「安心しろ。」とビグルナイユはテナルディエに言った。
「まだ左の足が縛ってある。逃げることはできねえ。受け合いだ。あの足を縛ったなあ俺《おれ》だぜ。」
そのうちに捕虜は声を揚げた。
「君らは気の毒な者どもだ。わしの生命はそう骨折って大事にするほどのものはない。ただ、わしに口をきかせようとしたり、書きたくないことを書かせようとしたり、言いたくないことを言わせようとしたりするからには……。」
彼は左腕の袖《そで》をまくり上げてつけ加えた。
「見ろ。」
同時に彼は腕を伸ばして、右手に木の柄をつかんで持っていた焼けてる鑿《たがね》を、そのあらわな肉の上に押し当てた。
じゅーっと肉の焼ける音が聞こえ、拷問部屋《ごうもんべや》に似たにおいが室《へや》にひろがった。マリユスは恐ろしさに気を失ってよろめき、悪漢どもすら震え上がった。しかしその異常な老人の顔はちょっとひきつったばかりだった。そして赤熱した鉄が煙を上げてる傷口の中にはいってゆく間、彼は平気なほとんど荘厳な様子で、美しい目をじっとテナルディエの上にすえていた。その目の中には、何ら憎悪《ぞうお》の影もなく、一種朗らかな威厳のうちに苦痛の色も消えうせてしまっていた。
偉大な高邁《こうまい》な性格の人にあっては、肉体的の苦悩にとらえられた筋肉と感覚との擾乱《じょうらん》は、その心霊を発露さして、それを額の上に現出させる。あたかも兵卒らの反逆はついに指揮官を呼び出すがようなものである。
「みじめな者ども、」と彼は言った、「わしが君らを恐れないと同じに、君らももうわしを恐れるには及ばない。」
そして彼は傷口から鑿を引き離し、開いていた窓からそれを外に投げ捨てた。赤熱した恐ろしい道具は、回転しながら暗夜のうちに隠れ、遠く雪の中に落ちて冷えていった。
捕虜は言った。
「どうとでも勝手にするがいい。」
彼はもう武器は一つも持っていなかった。
「奴《やつ》を捕えろ!」とテナルディエは言った。
悪漢のうちのふたりは彼の
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