は扉《とびら》の片すみに行き、一束の繩《なわ》を取り、それを皆の所へ投げやった。
「寝台の足に縛りつけろ。」と彼は言った。
 そして、ルブラン氏の一撃を食って室《へや》の中に長く横たわり、身動きもしないでいる老人を見て、彼は尋ねた。
「ブーラトリュエルは死んだのか。」
「いや酔っ払ってるんだ。」とビグルナイユが答えた。
「すみの方に片づけろ。」とテナルディエは言った。
 ふたりの「暖炉職工」は、足の先でその泥酔者を鉄屑《てつくず》の積んであるそばに押しやった。
「バベ、どうしてこう大勢連れてきたんだ。」とテナルディエは棍棒《こんぼう》の男に低い声で言った。「むだじゃねえか。」
「仕方がねえ、皆きてえって言うから。」と棍棒の男は答えた。「どうもこの頃は不漁《しけ》でね、さっぱり商売がねえんだ。」
 ルブラン氏が押し倒された寝台は、施療院にあるようなもので、四角が荒削りの四本の木の足がついていた。
 ルブラン氏はされるままに身を任した。悪党どもは窓から遠くて暖炉に近い方のその一本の足に、両足を床《ゆか》につけて立たしたまま彼を縛りつけた。
 すっかり縛り終えた時、テナルディエは椅子《いす》を持ってきて、ほとんどルブラン氏の正面に腰をおろした。彼はもう様子がすっかり変わっていた。わずかな時間のうちに彼の顔つきは、奔放な狂暴さから落ち着き払った狡猾《こうかつ》な冷静さに変わっていた。マリユスは役人のようなその微笑のうちに、一瞬間前まで泡《あわ》を吹いてどなっていたほとんど獣のような口を認めかねるほどだった。彼は呆然《ぼうぜん》としてその不思議な恐るべき変容を見守った、そして猛虎《もうこ》が代言人と早変わりしたのを見るような驚きを感じた。
「旦那《だんな》……。」とテナルディエは言った。
 そしてなおルブラン氏を押さえてる悪人どもに少し離れるように手まねをした。
「少しどいてくれ、旦那にちょっと話があるんだ。」
 皆の者は扉《とびら》の方へさがった。彼は言い出した。
「旦那、窓から飛び出そうなんてよくありませんぜ。足をくじくかも知れませんからな。でまあ穏やかに話をつけようじゃありませんか。第一わしの方でも気づいたことを申さなくちゃならねえ、と言うのは旦那、これだけのことに少しも声を立てなさらねえことだ。」
 テナルディエの言うのは道理で、心乱れてるマリユスはいっこう気づかなかったが、それはまったく事実だった。ルブラン氏はわずか二、三言を発するにも少しもその声を高くしなかった、そして窓のそばで六人の悪漢と奮闘する時でさえ、きわめて深い不思議な沈黙を守っていたのである。テナルディエは言い続けた。
「どうですかね、泥坊とか何とか少しはどなったって、別にわしの方では不思議とは思わねえ。場合によっちゃあ、人殺し! とでもどなりてえところだ。そう言われたってわしの方じゃ別に気を悪くはしねえ。うさんな奴《やつ》らに取り巻かれた時にゃあ、少しは騒ぎ立てるのがあたりまえだ。お前さんが声を立てたにしろ、それでどうしようっていうんじゃねえ。猿轡《さるぐつわ》さえもはめはしねえ。なぜかって、それはこの室《へや》がごく人の耳に遠いからだ。この室は何も取り柄はねえが、それだけはりっぱなもんだ。まるで窖《あなぐら》みてえだ。かりに爆弾を破裂さしたところで一番近所の警察にも酔っ払いの鼾《いびき》ぐらいにしか聞こえねえ。大砲の音もぼーんというきりで、雷の響きもぷーっというきりだ。まったく都合のいい住所だ。だがとにかく、お前さんは少しも声を立てなかった。なるほど感心な心掛けだ。わしにもよく察しはつく。ねえ旦那《だんな》、声を立てたら、来る者は警官だ。警官のあとから来る者は裁判官だ。ところで旦那は少しも声を立てなさらねえ。なるほど旦那の方でもわしらと同様、裁判官や警官が来るのを好みなさらねえ。それは旦那に――わしも前からうすうす察してはいましたがね――何か人に知られては都合のよくねえことがありなさるからだ。わしらの方だってそれは同じでさあ。だから互いに話がわかろうっていうもんじゃありませんか。」
 そういうふうに話しながら、テナルディエはじっとルブラン氏の上に瞳《ひとみ》をすえて、両眼からつき出した視線の鋭い刃を相手の心の底まで突き通そうとしてるかのようだった。その上彼の言葉は、ずるそうな穏やかな横柄さがこもってはいたが、ごく控え目でかつりっぱだとさえ言えるほどだった。そして先刻まで一強盗にすぎなかったその悪人のうちには、なるほど「牧師になるために学問をした男」があることも感ぜられた。
 捕虜が守っている沈黙、自分の生命をも顧みないほどのその注意、まず第一に叫び声を立てるのが当然であるのをじっとおさえてるその我慢、すべてそれらのことを、テナルディエの言葉によってマリユスは初
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