所からのぞき込んだ。
 斧を持ってる男の顔だった。
「どうして面を取ったんだ。」とテナルディエは怒って叫んだ。
「笑ってみてえからさ。」と男は答えた。
 ちょっと前からルブラン氏は、テナルディエの挙動に目をつけすきをうかがってるようだった。テナルディエの方は自分の憤激に目がくらみ、頭がくらんでいた。そして、扉には番がついているし、自分は武器を持ってるのに相手は無手であるし、女房をもひとりと数えれば相手はひとりにこちらは九人いるので、安心しきって室《へや》の中を歩き回っていた。斧の男に口をきく時には、ルブラン氏の方に背を向けた。
 ルブラン氏はその瞬間をとらえた。彼は椅子《いす》を蹴《け》飛し、テーブルをはねのけ、テナルディエがふり返る間もあらせず、驚くべき敏捷《びんしょう》さで一躍して窓の所へ達した。窓を開き、その縁に飛び上がり、それを乗り越すのは、一瞬間の仕事だった。彼は半ば窓の外に出た。その時六つの頑丈《がんじょう》な手が彼をつかみ、無理無体に彼を室の中に引きずり込んだ。彼の上に飛びかかったのは三人の「暖炉職工」だった。と同時に、テナルディエの女房は彼の頭髪につかみかかった。
 その騒ぎに、外の悪党どもも廊下からはいって来た。寝床の上にいた酒に酔ってるらしい老人も、寝台からおりて、手に道路工夫の金槌《かなづち》を持ってよろめきながら出て来た。
「暖炉職工」のひとりの顔は、蝋燭《ろうそく》の光に照らされていた。その塗りつぶした顔つきのうちにマリユスは、それがパンショー一名プランタニエ一名ビグルナイユであることを見てとった。その男が今や、鉄棒の両端に鉛の丸《たま》のついてる一種の玄翁《げんのう》をルブラン氏の頭めがけて振り上げた。
 マリユスはそれを見てもはや堪《こら》えることができなかった。「お父さん、許して下さい、」と彼は心に念じて、指先で、ピストルの引き金を探った。そして今や発射せんとした時、テナルディエの叫ぶ声がした。
「けがをさしてはいけねえ!」
 犠牲者の死物狂いの試みは、テナルディエを激させるどころかかえって落ち着かした。彼のうちには、獰猛《どうもう》な者と巧妙な者とふたりの人間がいた。そしてその時までは、勝利に酔い、取りひしがれて身動きもしない餌物《えもの》を前にして、獰猛な者の方が強く現われていた。しかるに犠牲者があばれ出して抵抗しかけた時に、巧妙な者の方が現われてきて優勢となった。
「けがをさしてはいけねえ!」と彼はくり返した。そして、彼自身では知らなかったが、その第一の成功として、彼はそれでピストルの発射をやめマリユスをすくました。今や危急は去って局面が一変したので、も少し待ってもさしつかえない、とマリユスは思った。ユルスュールの父を見殺しにするかあるいは大佐の救い主を滅ぼすかの板ばさみの地位から自分を助け出してくれるような、何かの機会が起こるまいものでもない、と彼は思った。
 恐ろしい争闘が初まっていた。ルブラン氏は老人の胸を一撃して室《へや》のまんなかにはね倒した。それから二度後ろを払って、他のふたりの襲撃者を打ち倒し、それをひとりずつ両膝《りょうひざ》の下に押し伏せた。ふたりの悪漢は膝に押さえつけられて、ちょうど花崗石《かこうせき》の挽臼《ひきうす》の下になったようにうめき声を出した。しかし残りの四人は、その恐ろしい老人の両腕と首筋とをとらえ、組み敷かれたふたりの「暖炉職工」の上に押さえつけた。かくて一方を押さえ他方に押さえられ、下の者らを押しつぶし上の者らから息をつめられ、自分の上に集まってる人々の力をいたずらにはねのけようとしながらルブラン氏はそれら恐るべき悪党どもの下に見えなくなって、あたかも番犬や猟犬どものほえ立った一群の下に押さえられている猪《いのしし》のようだった。
 彼らは、ようやく窓に近い寝台の上にルブラン氏を引き倒し、じっと押さえつけたきりだった。テナルディエの女房はなお髪の毛をつかんで離さなかった。
「てめえは引っ込んでろ、」とテナルディエは言った。「肩掛けが破れるじゃねえか。」
 女房は狼《おおかみ》の牝《めす》が牡《おす》に従うように、うなりながらその言葉に従った。
「さあみんなで、」とテナルディエは言った、「そいつの身体をさがせ。」
 ルブラン氏は抵抗の念を捨てたらしかった。人々は彼の身体をさがした。しかし身につけてた物はただ、六フランはいってる皮の金入れとハンカチばかりだった。
 テナルディエはそのハンカチを自分のポケットに納めた。
「なんだ、紙入れもねえのか。」と彼は尋ねた。
「それに時計もねえんだ。」と「暖炉職工」のひとりが答えた。
「そんなことはどうでもいい。」と大きな鍵《かぎ》を持ってる仮面の男が腹声でつぶやいた。「なかなかすげえ爺《じじい》だ。」
 テナルディエ
前へ 次へ
全128ページ中118ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング