っくと身を起こし、壁を背にして、急いで室《へや》の中を見回した。左手の窓の方にはジョンドレットがおり、右手の扉《とびら》の方にはその女房と四人の男とがいた。四人の男は身動きもしなければ、また彼を見てる様子さえもなかった。ジョンドレットはぼんやりした瞳《ひとみ》をして悲しそうな調子を張り上げ、泣くような声でまた話し出した。それでルブラン氏も今目の前におるこの男は貧乏のために気でも狂ったのではないかと思ったかも知れない。
「もしこの画面でもお買い下さらなければ、まったく旦那様《だんなさま》、」とジョンドレットは言った、「私はもう策の施しようもありませんで、川にでも身を投げるよりほか仕方がございません。私はふたりの娘に、合わせ紙の仕事を、お年玉用のボール箱をこしらえる仕事を習わせようと思っていますんです。それにはガラスが下に落ちないように向こうに板のついたテーブルだの、特別な炉だの、木と紙と布とに使い分けする強さの違ったそれぞれの糊《のり》を入れる三つに仕切ってある壺《つぼ》だの、それからまた、厚紙を切る截《た》ち包丁、形を取る型、鉄をうちつける金槌《かなづち》、ピンセット、その他いろんなものがいります。そしてそれでいくら取れるかと言えば、日に四スーだけでございます、それも十四時間働きづめでして。箱一つでき上がるには十三遍も細工人の手をくぐります。しかも紙はぬらさなければならないし、汚点《しみ》をつけてはいけないし、糊《のり》は熱くしておかなければならないし、まったくやりきれません。そして日に四スーです。それでまあどうして暮らしてゆけましょう。」
そういうふうに語りながらジョンドレットは、彼を見守ってるルブラン氏の方を少しも顧みなかった。ルブラン氏の目はジョンドレットを見つめ、ジョンドレットの目は扉《とびら》を見つめていた。マリユスの熱心な注意はふたりの上に代わる代わる向けられた。ルブラン氏は自ら問うようなふうだった。「この男はばかなのかな?」ジョンドレットは冗漫と懇願とのあらゆる調子で二、三度くり返した。
「川にでも身を投げるよりほか、もう仕方がございません! 先日もそのつもりで、オーステルリッツ橋のわきを三段ほどおりてゆきました。」
と突然、彼の鈍い瞳《ひとみ》は怪しい炎に輝き、小さな身体は伸び上がって恐ろしい様子になり、ルブラン氏の方へ一歩進み、そして雷のような声で彼は叫んだ。
「そんなことではないんだ! 貴様には俺《おれ》がわかるか?」
二十 待ち伏せ
ちょうどそれは、部屋《へや》の扉が突然開いて、青麻のだぶだぶの上衣を着、黒紙の仮面をつけた三人の男が見えた時だった。第一の男はやせていて、鉄のついた長い棒を持っていた。第二の男は巨人のような体躯《たいく》で、屠牛用《とぎゅうよう》の斧《おの》を頭を下にして柄のまんなかを握っていた。第三の男は肩幅が広く、第一の男ほどやせてもいなければ第二の男ほど太くもなくて、どこかの牢獄の戸から盗んででもきたようなばかに大きな鍵《かぎ》を握りしめていた。
ジョンドレットはそれら三人の男が来るのを待っていたものらしい。そして棍棒《こんぼう》を持ったやせた男と彼との間に速い対話が初まった。
「すっかり用意はできてるか。」とジョンドレットは言った。
「できてる。」とやせた男は答えた。
「だがモンパルナスはどこにおる。」
「あの色役者は、立ち止まってお前の娘と話をしていた。」
「どっちの娘だ。」
「姉の方よ。」
「下に辻馬車《つじばしゃ》はきてるか。」
「きてる。」
「例の小馬車に馬はついてるか。」
「ついてる。」
「いいやつを二頭か。」
「すてきなやつだ。」
「言っといた所で待ってるな。」
「そうだ。」
「よし。」とジョンドレットは言った。
ルブラン氏はひどく青ざめていた。彼は今やいかなる所へ陥ったかを了解したかのように、室《へや》の中のものをぐるりと見回した。そしてまわりを取り囲んでる人々の方へ順々に向けられる彼の頭は、注意深そうにかつ驚いたようにおもむろに首の上を動いた。しかし彼の様子のうちには、恐怖のさまは少しも見えなかった。彼はテーブルをもって即座の堡塁《ほるい》とした。そして一瞬間前まではただ親切な老人としか思われなかった彼は、今やにわかに闘士の姿に変わって、椅子《いす》の背にその頑丈《がんじょう》な拳《こぶし》を置き、驚くべき恐ろしい態度を取った。
かかる危険を前にして確固|毅然《きぜん》たるその老人は、ただ何ということもなく本来からして勇気と親切とを兼ねそなえてるもののように思われた。おのれの愛する女の父に当たる人は、おのれに対して決して他人ではない。マリユスはその名も知らぬ老人について自ら矜《ほこ》りを感じた。
ジョンドレットが、「あれはみな暖炉職工でござ
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