首筋を出し、刺青《いれずみ》した両腕を出し、顔はまっ黒に塗られていた。彼は黙って腕を組んだまま、近い方の寝台に腰をおろしていたが、ちょうどジョンドレットの女房の後ろになっていたので、ただぼんやりその姿が見えるきりだった。
注意を伝える一種の磁石的な本能から、ルブラン氏はマリユスとほとんど同時にその方を顧みた。彼は驚きの様子を自らおさえることができなかった。そしてそれはジョンドレットの目をのがれなかった。
「ああなるほど、外套《がいとう》でございますか。」とジョンドレットは叫んで、機嫌《きげん》を取るようなふうでそのボタンをかけた。「私によく合います。まったくよく合います。」
「あの人はだれです。」とルブラン氏は言った。
「あれでございますか。」とジョンドレットは言った。
「隣の男でありまして、どうか決しておかまいなく。」
その隣の男というのは、不思議な顔つきをしていた。けれども、そのサン・マルソー郭外には化学製造工場がたくさんあって、そこの職工は多くまっ黒な顔をしてることがあった。ルブラン氏の様子は、静かに大胆に安心しきってるがようだった。彼は言った。
「で、何のお話でしたかな、ファバントゥー君。」
「話と申しますのは、実は旦那様《だんなさま》。」とジョンドレットは言いながら、テーブルの上に肱《ひじ》をつき蟒蛇《うわばみ》のようなじっとすわったやさしい目でルブラン氏をながめた。「私は画面を一つ売り払いたいと申しかけた所でございましたが。」
扉《とびら》の所で軽い音がした。第二の男がはいってきて、ジョンドレットの女房の後ろに寝台に腰掛けた。第一の男と同じように、両腕を出し、インキか煤《すす》かで顔を塗りつぶしていた。
その男も文字どおりに室《へや》にすべり込んできたのであるが、ルブラン氏の注意をのがれることはできなかった。
「どうかお気になさいませんように。」とジョンドレットは言った。「みんなこの家にいるものでございます。ところで今の話でございますが、私に残っていますのは一枚の画面きりで、それも貴重なものでして……。まあ旦那、ごらん下さいませ。」
彼は立ち上がって、壁の所へ行った。その下の方に、前に述べた鏡板が置いてあった。彼はそれを裏返して、やはり壁に立てかけた。それはなるほど何か画面らしいもので、わずかに蝋燭《ろうそく》の光で照らされていた。マリユスはジョンドレットが自分とその画面との間に立っているので、何が描いてあるかはっきり見て取ることができなかった。しかしちょっと見た所、粗末な書きなぐりのものらしく、その主要人物らしいのには、見世物の看板か屏風《びょうぶ》の絵かに見るようななまなましい色彩が施してあった。
「それは何ですか。」とルブラン氏は尋ねた。
ジョンドレットは勢いよく言った。
「大家の絵でして、非常な価値《ねうち》のあるもので、旦那様《だんなさま》。私はふたりの娘と同じぐらいにこれを大事にしていまして、種々の思い出がこもっているのでございます。ですが今申しましたとおり、まったくのところ、ごく困っているものですから、これを売ってしまいたいと存じまして……。」
偶然にか、それとも多少不安を感じ初めたのか、ルブラン氏はその画面をながめながらもちらと室《へや》のすみを見やった。そこには今や四人の男がいた。三人は寝台に腰掛け、ひとりは扉《とびら》の框《かまち》のそばに立っていた。四人とも腕をあらわにし、身動きもしないで、顔は黒く塗られていた。寝台に腰掛けてる三人のうちのひとりは、壁によりかかって目を閉じ、あたかも眠ってるかのようだった。その男はもう老人で、まっ黒な顔の上に白い髪があるありさまは何とも言えない不気味さだった。他のふたりはまだ若そうで、ひとりは髯《ひげ》をはやしており、ひとりは髪の毛を長くしていた。だれも靴《くつ》をはいていなかった。上靴をはいてない者は跣足《はだし》のままだった。
ジョンドレットはルブラン氏の目がその男らの上にすえられてるのを認めた。
「みな親しい仲の者で、近所の者でございます。」と彼は言った。「顔を黒くしていますのは、炭の中で仕事をしているからでして、みな暖炉職工でございます。どうかお気になさらないで、旦那、まあ私のこの画面を買って下さいませ。どうか不幸をあわれんで下さいませ。高くとは申しません。がまあどれぐらいの価値《ねうち》だとおぼし召されますか。」
「だが、」とルブラン氏は言いかけて、ジョンドレットの顔をまともにじっとながめ、用心するようなふうであった、「それは何か旅籠屋《はたごや》の看板ですね。三フランぐらいはしますかな。」
ジョンドレットは静かに答えた。
「紙入れをお持ち合わせでございましょうか。千エキュー(五千フラン)なら申し分ありませんが。」
ルブラン氏はす
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