時マリユスは、今まで何かわからなかったその繩みたいなものは、実は木の桟と引っかけるための二つの鈎《かぎ》とがついてるきわめて巧みにできた繩梯子《なわばしご》だということがわかった。
その繩梯子と、それから扉《とびら》の後ろに積んだ鉄屑《てつくず》の中に交じってる荒々しい道具、まったくの鉄棒なんかは、その朝ジョンドレットの室の中になかったもので、確かにその午後マリユスの不在中に持ち込まれたものに相違なかった。
「あれはみな刃物師の道具だな。」とマリユスは考えた。
もしマリユスに今少しその方面の知識があったら、彼は刃物師の道具だと思ったもののうちに種々なものを認むることができたろう、すなわち、錠前を破ったり扉をこじあけたりする道具や、切ったり断ち割ったりする道具などで、盗賊仲間でちび[#「ちび」に傍点]およびばさ[#「ばさ」に傍点]と言わるる二種の恐ろしい道具だった。
二つの椅子をそなえたテーブルと暖炉とは、ちょうどマリユスの正面になっていた。火ばちが隠されたので、室はもう蝋燭《ろうそく》で照らされてるばかりだった。そしてテーブルの上や暖炉の上のちょっとした物でさえ、大きな影を投じていた。口の欠けた水差しは、壁のほとんど半分に影を投じていた。室の中には何とも言えぬ恐ろしいぞっとするような静けさがたたえていた。今にも何か非常なことが起こりそうだった。
ジョンドレットはよほど何かに気を取られてると見えて、パイプの火の消えたのも知らずにいたが、それからまた立ってきて椅子《いす》に腰掛けた。蝋燭《ろうそく》の光で、顔の荒々しい狡猾《こうかつ》そうな角《かど》張った所が、いっそうよく目立った。そして眉《まゆ》をひそめたり急に右手を開いたりして、あたかもその陰惨な内心で最後にも一度ひとりで問いひとりで答えてるかのようだった。そういう自分ひとりの問答のうちに、彼は急にテーブルの引き出しを開き、中に隠してあった料理用の長いナイフを取り出し、指の爪を切ってみてその刃を試《ため》した。それがすむと、ナイフをまた引き出しにしまって、それをしめた。
マリユスの方では、ズボンの右の隠しにあるピストルをつかみ、それを引き出して引き金を上げた。
引き金を上げる時ピストルは、鋭いはっきりした小さな音を出した。
ジョンドレットはぎくりとして、椅子の上に半ば身を起こした。
「だれだ?」と彼は叫んだ。
マリユスは息をこらした。ジョンドレットはちょっと耳を澄ましたが、やがて笑い出しながら言った。
「なんだばかな。壁板の音だ。」
マリユスはピストルを手に握りしめた。
十八 向かい合える二個の椅子《いす》
突然遠い単調な鐘の響きがガラスを震わした。サン・メダール会堂で六時を報じ初めたのである。
ジョンドレットはその一響きごとに頭を動かして数えた。六つの響きを聞いた時、指先で蝋燭《ろうそく》の芯《しん》をつまんだ。
それから彼は室《へや》の中を歩き出し、廊下の方に耳を傾け、また歩き出し、また耳を傾けた。「なにきさえすれば!」と彼はつぶやいた。それからまた椅子の所へ戻った。
彼がそこにすわるかすわらないうちに、扉《とびら》が開いた。
ジョンドレットの女房がそれを開いたのだった。彼女は廊下に立って、ぞっとするような愛想を顔に浮かべていた。龕灯《がんどう》の穴の一つからもれる光がその顔を下から照らしていた。
「どうぞ旦那様《だんなさま》、おはいり下さいまし。」と彼女は言った。
「おはいり下さいませ、御親切な旦那様。」とジョンドレットは急いで立ち上がって言った。
ルブラン氏が現われた。
彼はいかにも朗らかな様子をしていて、妙に尊く思われた。
彼はテーブルの上にルイ金貨を四個(八十フラン)置いた。
「ファバントゥー君、」と彼は言った、「これは君の家賃と当座の入用のためのものです。その他のことは御相談するとしましょう。」
「神様があなたにむくいて下さいますように、御慈悲深い旦那様《だんなさま》。」とジョンドレットは言った。
それから彼は急いで女房に近寄った。
「馬車を返せ。」
亭主がルブラン氏にお世辞をあびせかけ椅子《いす》を進めてる間に、女房はそっとぬけ出した。そして間もなく戻ってきて亭主の耳にささやいた。
「すんだよ。」
朝から降り続いていた雪は深く積っていたので、馬車のきたのも聞こえなければ、また馬車が帰ってゆくのも聞こえなかった。
そのうちにルブラン氏は腰を掛けた。
ジョンドレットはルブラン氏と向き合った椅子に腰をおろした。
さてこれから起こるべき光景をよく理解せんために、読者は次のことを頭に入れておいていただきたい。凍りつくような寒い夜、雪が積って月光の下に広い経帷子《きょうかたびら》のように白く横たわって寂莫《せきば
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