地上の醜い幻に交じった天の思想の一片であるかのように思われた。
こわれた一枚の窓ガラスから空気が流れ込んできて、いっそうよく炭火のにおいを散らし、火鉢《ひばち》のあるのを隠していた。
ジョンドレットの巣窟《そうくつ》は、ゴルボー屋敷について前に述べておいた所でわかるとおり、凶猛暗黒な行為の場所となり罪悪を隠蔽《いんぺい》する場所となるのに、いかにもふさわしかった。それはパリーのうちでの、最も寂しい大通りの、最も孤立した家の最も奥深い室であった。もし待ち伏せなどということが人の世になかったとしても、そこにおればきっとそれが発明されたろうと思われるほどだった。
家の全奥行きと多くの空室とが、その巣窟を大通りからへだてていた。そしてそこについてる唯一の窓は、壁と柵《さく》とに囲まれた広い荒れ地の方に向いていた。
ジョンドレットはパイプに火をつけ、藁《わら》のぬけた椅子《いす》の上にすわって、煙草《たばこ》を吹かしていた。女房は低い声で彼に何やら言っていた。
もしマリユスがクールフェーラックであったなら、言い換えれば絶えずあらゆる機会に笑うような人であったなら、彼はジョンドレットの女房を見た時必ずふきだしていたに違いない。シャール十世の即位式に列した武官の帽子にかなり似寄った羽のついた黒い帽をかぶり、メリヤスの裳衣の上に格子縞《こうしじま》の大きな肩掛けを引っかけ、その朝娘がいやがった男の靴《くつ》をはいていた。そういう服装が先刻ジョンドレットをして感嘆せしめたのである。「うむ[#「うむ」に傍点]、[#「うむ[#「うむ」に傍点]、」は底本では「うむ、[#「うむ、」に傍点]」]なるほどお前はうまくおめかしをしたな[#「なるほどお前はうまくおめかしをしたな」に傍点]。向こうに安心させなけりゃいけねえからな[#「向こうに安心させなけりゃいけねえからな」に傍点]。」
ジョンドレットはルブラン氏からもらった少し大きすぎる新しい外套《がいとう》を相変わらず着ていた。そしてその外套とズボンとが妙な対照をなして、クールフェーラックに詩人だろうという考えを起こさした時と同じ様子だった。
突然ジョンドレットは声を高めた。
「ところでちょっと思い出したが、こんな天気では馬車で来るにきまってる。龕灯《がんどう》をつけて、それを持って下に行け。下の戸の後ろに立っているんだ。馬車の止まる音を聞いたら、すぐにあけてやれ。はいってきたら、階段と廊下とで明りを見せてやるがいい。そして奴《やつ》がここにはいる間に、お前は急いでおりてゆき、御者に金を払い、馬車を返してしまえ。」
「その金は?」と女房は尋ねた。
ジョンドレットはズボンの隠しを探って、五フラン取り出して渡した。
「これはどうしたんだよ。」と女房は叫んだ。
ジョンドレットは堂々と答えた。
「それは今朝《けさ》隣の先生がくれたものだ。」
そして彼はつけ加えた。
「ねえ、椅子《いす》が二ついるだろうね。」
「どうするのに?」
「すわるのにさ。」
その時マリユスは、女房が事もなげに次のような答えをしたのを聞いて、ぞっと背中に戦慄《せんりつ》を覚えた。
「それじゃあ、隣のを持ってこよう。」
そして彼女はすばしこく扉《とびら》をあけて廊下に出た。
マリユスにはとうてい、戸棚《とだな》からおりて寝台の所へ行きその下に隠れるだけの時間がなかった。
「蝋燭《ろうそく》を持ってゆけ。」とジョンドレットは叫んだ。
「いいよ。」と女房は言った。「かえって邪魔だよ、椅子を二つ持たなくちゃならないからね。それに月の光が明るいよ。」
マリユスは女房の重々しい手が暗がりに扉の鍵《かぎ》を探ってる音を聞いた。扉は開いた。彼はその場所に、恐れと驚きとのために釘付《くぎづ》けにされたように立ちすくんだ。
ジョンドレットの女房ははいってきた。
軒窓から一条の月の光がさして、室《へや》の中のやみを二つに分けていた。その一方のやみは、マリユスがよりかかってる壁の方をすっかりおおっていたので、彼の姿はその中に隠されていた。
女房は目を上げたが、マリユスの姿に気づかなかった。そしてマリユスが持っていた二つきりの椅子を二つとも取って、室を出てゆき、後ろにがたりと扉をしめていった。
彼女は部屋に戻った。
「さあ椅子《いす》を二つ持ってきたよ。」
「そこで、向こうに龕灯《がんどう》がある。」と亭主は言った。「早くおりて行け。」
女房は急いでその言葉に従い、ジョンドレットただひとり室《へや》の中に残った。
彼はテーブルの両方に二つの椅子を置き、炭火の中に鑿《のみ》を置きかえ、暖炉の前に古屏風《ふるびょうぶ》を立てて火鉢《ひばち》を隠し、それから繩《なわ》の積んである片すみに行き、そこに何か調べるようなふうに身をかがめた。その
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