御慈悲を望んで、深き敬意を表し申候。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から3字上げ]バリザールの家内

 マリユスは第三の手紙を開いたが、それもやはり哀願のもので、次のように書かれていた。

[#ここから4字下げ]
サン・ドゥニ街にてフェール街の角、小間物貿易商、選挙人パブールジォー殿
[#ここから2字下げ]
 ここにあえて一書を呈して、フランス座へ戯曲一篇を送りたる一文人へ、貴下の御あわれみと御同情とを賜わらんことを懇願仕まつり候《そうろう》。その戯曲は、題材を歴史に取り、場面を帝国時代のオーヴェルニュにいたしたるものに候。文体は自然にして簡潔、多少の価値はあるものと自信仕まつり候。歌詞も四カ所これ有り候。滑稽《こっけい》とまじめと奇想とは、種々の人物と相交わり、全篇に漂えるロマンチシズムの軽き色合に交錯し、筋は不思議なる発展をなし、感動すべき多くの変転を経て、光彩陸離たる種々の場面のうちにからみゆくものに御座候。
 主として小生の目ざせる点は、現代人の刻々に要求する所を満足させんことに候。換言すれば、ほとんどあらゆる新奇なるふうにその方向を変ずる、かの定見なき笑うべき風見とも言うべき流行[#「流行」に傍点]を満足させんことに候。
 かかる特長あるにもかかわらず、座付きの作者らの嫉妬《しっと》と利己心とは、小生を排斥せんとするやも知れずと懸念いたし候。新参の者が常に受くる冷遇を、小生とてもよく存じおり候えば。
 貴下には常に文人を保護したまわる由を承り候まま、あえて娘をつかわして、この冬季にあっても食も火もなき困窮の状を具申いたさせ候。何とぞ今度の戯曲並びに今後の作を貴下にささげんとの微意を御受け下されたく候。かくて小生は、貴下の保護を受くるの光栄に浴し、貴下の名をもって小生の著述を飾るの光栄に浴せんことを、いかほど希望いたしおるやを申し上げたくと存候。もし貴下にしていくらかなりと御補助を賜わらば、小生は直ちに一篇の詩を作りて、感謝の意を表すべく候《そうろう》。小生は力の及ぶ限りその詩を完全なるものたらしめ、なおまた、戯曲の初めに※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]入《そうにゅう》して舞台に上する前、あらかじめ貴下のもとへ御送り申すべく候。
 パブールジォー殿並びに夫人へ、小生の深き敬意を表し候。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から3字上げ]文士ジャンフロー
[#ここから3字下げ]
追白、四十スーほどにてもよろしく候。
[#ここから2字下げ]
娘をつかわして小生自身参上いたさざるを御許し下されたく、実は悲惨にも服装の都合上外出いたしかね候次第に御座候。
[#ここで字下げ終わり]

 マリユスはついに四番目の手紙を開いた。あて名はこうだった。「サン[#「サン」に傍点]・ジャック[#「ジャック」に傍点]・デュ[#「デュ」に傍点]・オー[#「オー」に傍点]・パ会堂の慈悲深き紳士殿[#「パ会堂の慈悲深き紳士殿」に傍点]。」中には次の文句がしたためてあった。

[#ここから4字下げ]
慈愛深き紳士殿
[#ここから2字下げ]
 もし拙者の娘と御同行下され候わば、一家困窮のきわみなる状態にあることを御認め下さるべく、また身元証明書は御覧に供すべく候。
 かかる手記を御覧候わば、恵み深き貴下は必ずや惻隠《そくいん》の情を起こし下さるべしと存候。真の哲学者は常に強き情緒を感ずるものに候えば。
 同情の念深き紳士殿、最も残酷なる窮乏に一家の者苦しみおり候。しかして何かの救助を得んために政府よりその証明を得るなどとは、いかに悲痛なることに候ぞや。他人より救助せらるるを待ちながら、しかも飢餓に苦しみ飢餓に死するの自由さえもなきもののごとくに候。運命はある者にはあまりに冷酷に、またある人にはあまりに寛大にあまりに親切にこれ有り候。貴下の御来臨を待ち申し候。あるいはおぼし召しあらば御施与を待申候。しかして拙者の敬意を御受け下されたく願上げ候。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から5字上げ]大人閣下のきわめて卑しき従順なる僕《しもべ》
[#地から3字上げ]俳優 ファバントゥー

 それら四通の手紙を読み終わったが、マリユスは前と同じく何らの手掛かりも得なかった。第一に、どの手紙にも住所がついていなかった。
 次に手紙は、ドン・アルヴァレスとバリザールの家内と詩人ジャンフローと俳優ファバントゥーと、四人の違った人からのものらしかったが、不思議にも四つとも同じ筆蹟だった。
 四つとも同一人からのものでないとするならば、それをいかに解釈したらいいか?
 その上、ことにそう考えさせることには、四通とも同じ粗末な黄色い紙であり、同じ煙草《たばこ》のにおいがしていた。そして明らかに文体を変えてはあるが、同じような文字使いが絶えず
前へ 次へ
全128ページ中85ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング