込み、断頭台に色目を使い、一七九三年の舞台裏で小唄《こうた》を歌いギターをひくとは、唾《つば》を吐きかけても足りん。それほど今の若者らはばかだ。皆そうだ。ひとりとしていい奴《やつ》はいない。街路《まち》に流れてる空気を吸えば、それでもう気が狂ってしまう。十九世紀は毒だ。どのいたずらっ児も、少しばかり山羊《やぎ》のような髯《ひげ》がはえ出すと、ひとかど物がわかった気になって、古い身内の者を捨ててしまう。何かと言えば共和だのロマンティックだのという。いったいロマンティックとは何だ。説明してもらいたいもんだ。ばかげきったことばかりじゃないか。エルナニ[#「エルナニ」に傍点]があったのは一年前だ([#ここから割り注]訳者注 本書の作者ユーゴーの戯曲で、一八三〇年その第一回公演はロマンティック運動のエポックメーキングのものとせらる[#ここで割り注終わり])。ところでそのエルナニとはどういうものか少し聞きたいもんだ。対偶法《アンチテーズ》だけだ、胸くそが悪くなるようなものだけだ、フランス語とさえもいえないものだ。それからまたルーヴルの中庭に大砲を据えるなどということをする。そういうことばかりが今の時代の無頼漢どもの仕業《しわざ》じゃないか。」
「伯父様《おじさま》の説はもっともです。」とテオデュールは言った。
 ジルノルマン氏は続けた。
「ムューゼオムの中庭に大砲を据える! それはいったい何のためだ。大砲をどうするつもりか。ベルヴェデールのアポロンに霰弾《さんだん》を浴びせるつもりか。弾薬嚢《だんやくのう》とメディチのヴィーナスと何の関係がある。今時の青年は皆手がつけられない奴《やつ》らばかりだ。バンジャマン・コンスタン([#ここから割り注]訳者注 自由派の首領[#ここで割り注終わり])なんか何と下らない奴だ。皆悪党でなければばかだ。わざわざ醜いふうをし、きたない服をつけ、女と見ればこわがり、娘っ児のまわりに乞食《こじき》のような様子をして下女どもから笑われる。恋愛にまでびくびくしてるあわれな奴らだ。醜い上に愚かだ。ティエルスランやポティエ式の地口をくり返し、袋のような上衣、馬丁のようなチョッキ、粗末な麻のシャツ、粗末なラシャのズボン、粗末な皮の靴、そして吹けば飛ぶようなことをしゃべりちらしてる。そういう片言で破《やぶ》れ靴《ぐつ》の底でも繕うがいい。しかもそのばかな小僧っ児どもが政治上の意見を持ってるというのか。奴らが政治に口を出すことは厳重に禁じなければいかん。異説を立て、社会を改造し、王政をくつがえし、あらゆる法律をうち倒し、窖《あなぐら》と屋根部屋とをあべこべにし、門番と国王とを置きかえ、ヨーロッパ中をかき回し、世界を建て直し、そして洗たく女どもが車に乗る時横目でその足をのぞいて喜んでいやがる。ああマリユス! けしからん奴だ。大道でどなり立て、議論し、討論し、手段を講ずる! 奴らはそれを手段という。ああ、同じ紊乱《びんらん》でも今は小さくなって雛児《ひよっこ》になってしまってる。私は昔は混沌界《こんとんかい》を見たが、今はただ泥の泡《あぶく》だけだ。学校の生徒が国民軍のことを評議するなどとは、オジブワやカドダーシュなんかの化け物のうちにも見られないことだ。羽子《はね》つきの羽子のようなものを頭にかぶり手に棍棒《こんぼう》を持ってまっ裸で歩く蛮人も、この得業士どもほどひどくはない。取るに足らぬ小猿のくせに、尊大で傲慢《ごうまん》で、評議したり理屈をこね回したりする。もう世は末だ。この水陸のみじめな地球も確かにもう終わりだ。最後の吃逆《しゃくり》がいるんなら、フランスは今それをしてるところだ。評議するならしろ、やくざ者め! オデオンの拱廊《きょうろう》で新聞なんか読むからそういうことになるんだ。一スーの金を出して、それでもう、やれ識見だの知力だの心だの魂だの精神だのができ上がる。そして出て来ると、家の中でいばり散らす。新聞というものは疫病神《やくびょうがみ》だ。どれもそうだ。ドラポー・ブラン紙にしたって、記者のマルタンヴィルはジャコバン党だった。ああ、貴様は、祖父を絶望さして得意になってるんだろう。貴様は?」
「そのとおりです。」とテオデュールは言った。
 そしてジルノルマン氏が息をついてる間に乗じて、槍騎兵《そうきへい》はおごそかに言い添えた。
「新聞は機関新聞だけにし、書物は軍事年報だけにするがよろしいんです。」
 ジルノルマン氏は言い続けた。
「シエイエスのようなものだ。国王を殺しながら上院議員になる。奴《やつ》らの終わりはいつもそうだ。ぞんざいないやしい言葉を使いながらついには伯爵殿と言われるようになろうというわけだ。腕のように図太い伯爵殿だ、九月(一八九二年)の虐殺者どもだ。哲人シエイエスだ。幸いに私《わし》は、そういう哲人
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