した。
「うちのお上《かみ》だ。」とテナルディエは言った。
その言葉の終わるか終わらないうちに、果たしてテナルディエの女房が室《へや》に飛び込んできた。まっかになって、息を切らし、あえいで、目を光らしていた。そしてその大きな両手で一度に両腿《りょうもも》をたたきながら叫んだ。
「嘘《うそ》の住所だ。」
女房が引き連れていた悪漢が、彼女のあとからはいってきて、またその斧《おの》を取り上げた。
「嘘の住所だと!」テナルディエは鸚鵡返《おうむがえ》しに言った。
女房は言った。
「だれもいやしない。サン・ドミニク街十七番地にユルバン・ファーブルなんて者はいやしない。だれにきいても知ってる者なんかいないよ。」
彼女は息をつまらして言葉を切ったが、それからまた続けて言った。
「テナルディエ、お前さんはその爺《じい》さんにばかにされたんだよ。あまりお前さんも人がよすぎるじゃないか。私ならほんとにそいつの頤を四つ裂きにでもしておいてかかるんだがね。意地の悪いことをしやがったら、生きてるまま煮たててやるんだがね。そうすりゃあ、きっと本当のことを言って娘のおる所や金を隠してる所を吐き出してしまったに違いない。私だったらそういうふうにやってのけるよ。男なんて女よりはよほどばかだって言うが、まったくだ。十七番地なんかにはだれもいやしない。大きな門があるきりなんだ。サン・ドミニク街にはファーブルなんて者はいやしない。大急ぎで馬をかけさせるし、御者には祝儀をやるし、いろいろなことをしてさ。門番の男にも聞いたし、しっかり者らしいそのお上さんにも聞いたが、そんな人はてんで知らないじゃないかね。」
マリユスはほっと息をついた。ユルスュールかあるいはアルーエットか本当の名前はわからないが、とにかく彼女は救われたのだった。
たけり立った女房が怒鳴りちらしてる間に、テナルディエはテーブルの上に腰掛けた。彼は一言も発しないでそのままの姿勢をして、たれてる右足を振り動かしながら、残忍な夢想に沈んでるような様子で、しばらく火鉢《ひばち》の方を見やっていた。
ついに彼は、特に獰猛《どうもう》なゆっくりした調子で捕虜に言った。
「嘘《うそ》の住所だと、いったい貴様何のつもりだ。」
「時間を延ばすためだ!」と捕虜は爆発したような声で叫んだ。
そして同時に彼は縛られた繩《なわ》を揺すった。それは皆切れて
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