ただもう一目散よ。」
マリユスはその変な言葉でおおよそさとった。憲兵か巡査かがそのふたりの娘を捕えそこなったものらしい、そしてふたりはうまく逃げのびてきたものらしい。
ふたりは彼の後ろの並み木の下にはいり込み、暗闇《くらやみ》の中にしばらくはほの白く見えていたが、やがて消え失せてしまった。
マリユスはしばらくたたずんでいた。
それから歩みを続けようとすると、自分の足元の地面に鼠色《ねずみいろ》の小さな包みが落ちてるのに気づいた。彼は身をかがめてそれを拾ってみた。封筒らしいもので、中には紙でもはいっていそうだった。
「そうだ、」と彼は言った、「あのあわれな女どもが落としていったんだろう。」
彼は足を返し、声を揚げて呼んでみたが、はやふたりの姿は見えなかった。それでもう遠くへ行ったことと思い、その包みをポケットの中に入れ、そして食事をしに出かけて行った。
途中、ムーフタール街の路地で、彼は子供の柩《ひつぎ》を見た。黒ラシャでおおわれ、三つの台の上に置かれて、一本の蝋燭《ろうそく》の火に照らされていた。暗がりのふたりの娘のことが思い出された。
「あわれな母たち!」と彼は考えた。「自分の子供が死ぬるのを見るよりなおいっそう悲しいことがある。それは自分の子供が悪い生活をしてるのを見ることだ。」
そのうちに、彼の悲しみの色を変えさえしたそれらの影は頭から消え去ってしまって、彼はまたいつもの思いに沈み込んだ。リュクサンブールの美しい木の下で、さわやかな空気と光との中で過ごした、愛と幸福との六カ月間のことをまたしのびはじめた。
「私の生活は何と陰鬱《いんうつ》になったことだろう!」と彼は自ら言った。「若い娘らはやはり私の目の前に現われて来る。ただ、昔はそれがみな天使に見えたが、今は食屍鬼《ししくいおに》のような気がする。」
三 一体四面
その晩、マリユスは床につこうとして着物をぬいでいた時、上衣のポケットの中に、夕方大通りで拾った包みに手を触れた。彼はそれを忘れていたのである。そこで彼は考えた、包みを開いてみたらどうにかなるだろう、もし実際彼女らのものだったら、中にはたぶんその住所があるだろう、そしてとにかく、落とし主へ返せるような手掛かりがあるかも知れない。
彼は包み紙を開いた。
包み紙には封がしてなかった。そして中には、同じく封がしてない四つの
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