蛯フ柱に大きな梨を楽書きせんとして、背伸びをし汗を流してるのを見つけた。王は先祖のアンリ四世からうけついできた心よさをもってその少年の手助けをし、ついに梨《なし》を書いてしまって、それから彼にルイ金貨を一つ与えながら言った、「これにも梨がついているよ[#「これにも梨がついているよ」に傍点]。」また浮浪少年は喧騒《けんそう》を好むものである。過激な状態は彼を喜ばせる。彼らはまた「司祭輩」をきらう。ある日ユニヴェルシテ街で、一人の小僧がその六十九番地の家の正門に向かってあかんべーをしていた。通行人が彼に尋ねた、「この門に向かってなぜそんなことをしてるんだ?」すると彼は答えた、「司祭がここに住んでるんだ。」実際そこは、法王の特派公使の住居であった。けれども、彼らのヴォルテール主義([#ここから割り注]訳者注 反教会[#ここで割り注終わり])が何であろうと、もし歌唱の子供となれるような機会がやってくると、それを承諾することもある。そしてそういう場合には、丁重に弥撒《ミサ》の勤めに従う。それから、タンタルス([#ここから割り注]訳者注 永久の飢渇に処せられし神話中の人物[#ここで割り注終わり])のように彼らが望んでいた二つのことがある。彼らはいつもそれを望みながら永久にそれを得ないでいる。すなわち、政府を顛覆《てんぷく》することと、ズボンを仕立て直すこと。
 完全なる浮浪少年は、パリーのすべての巡査を知悉《ちしつ》していて、そのひとりに出会えばすぐに名|指《ざ》すことができる。各巡査をくわしく研究している。その平常を調べ上げて、それぞれ特殊な記録をとっている。その心の中を自由に読み取っている。彼らはすらすらと滞りなく言い得る、「某は反逆人だ[#「反逆人だ」に傍点]、――某はごく意地悪だ[#「ごく意地悪だ」に傍点]、――某は偉い[#「偉い」に傍点]奴《やつ》だ[#「だ」に傍点]、――某は滑稽な奴だ[#「滑稽な奴だ」に傍点]。」(これらの、反逆人、意地悪、偉い奴、滑稽な奴、などという言葉は、彼らに言われる時は特殊な意味を有するのである)「あいつは、ポン・ヌーフ橋を自分の物とでも思ってるのか。欄干の外の縁を歩くことを世間に禁じやが[#「やが」に傍点]る。それから向こうのは、人[#「人」に傍点]の耳を引っ張る癖がある。云々《うんぬん》、云々。」

     九 ゴールの古き魂

 市
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