告し、一蹴《いっしゅう》してヨーロッパを変造し、攻め寄せる時には神の剣の柄《つか》を執れるかの感を人にいだかしめ、ハンニバル、シーザー、シャールマーニュを一身に具現した者、そういう者に従い、目ざむる曙《あけぼの》ごとに光彩陸離たる戦勝の報知をもたらす者の民となり、アンヴァリードの砲声を起床の鐘となし、マレンゴー、アルコラ、アウステルリッツ、イエナ、ワグラムなど、永久に赫々《かくかく》たる驚嘆すべき戦勝の名を光明の淵《ふち》に投じ、幾世紀の最高天に毎瞬時戦勝の星座を開かしめ、フランス帝国をローマ帝国と比肩せしめ、大国民となり大陸軍を生み出し、山岳が四方に鷲《わし》を飛ばすがように、地球上にその軍隊を飛躍せしめ、戦勝を博し、征服し、撃ち砕き、ヨーロッパにおいて光栄の黄金をまとう唯一の民衆となり、歴史を通じて巨人のラッパを鳴り響かし、勝利と光耀《こうよう》とによって世界を二重に征服すること、それは実に崇高ではないか。およそこれ以上に偉大なるものは何があるか。」
「自由となることだ。」とコンブフェールは言った。
 こんどはマリユスの方で頭をたれた。その簡単な冷ややかな一語は、鋼鉄の刃のように彼の叙事詩的な激語を貫き、彼はその激情が心の中から消えてゆくのを覚えた。彼が目を上げた時、コンブフェールはもうそこにいなかった。彼の賛美に対するにその一言の返報でおそらく満足して、出て行ってしまった。そしてアンジョーラを除くのほか、皆その後についていった。室《へや》の中はむなしかった。アンジョーラはマリユスのそばにただ一人居残って、その顔をおごそかに見つめていた。けれどもマリユスは、再び思想を少し建て直して、自分を敗北した者とは思わなかった。彼のうちにはなお慷慨《こうがい》のなごりがさめず、まさにアンジョーラに向かって三段論法の陣を展開せんとした。その時ちょうど立ち去りながら階段の所で歌う声が聞こえた。それはコンブフェールであった。その歌はこうである。

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よしやシーザーこのわれに
誉《な》と戦を与うとも、
母に対する恩愛を
打ち捨て去るを要しなば、
われシーザーにかく言わん、
笏《しゃく》と輦《くるま》は持ちて行け、
われは母をばただ愛す、
われは母をばただ愛す。
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 コンブフェールが歌うそのやさしい粗野な調子は、歌に一種の不思議な偉大さ
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