生きていた。彼の気に入る場所はそこのみだった。彼は彼らの後にどこへでもついて行った。酒の気炎の中に彼らの姿がゆききするのを見るのが彼の喜びだった。人々は彼の上きげんのゆえに彼を仲間に許していた。
信仰家なるアンジョーラは、その懐疑家を軽蔑していた。自分が節制であるだけにその酔っ払いをいやしんでいた。また昂然《こうぜん》たる憐憫《れんびん》を少しはかけてやっていた。グランテールは少しも認められないピラデスであった。常にアンジョーラに苛酷に取り扱われ、てきびしく排斥され拒絶されていたが、それでもまたやってきて、アンジョーラのことをこう言っていた。「何という美しい大理石のような男だろう。」
二 ブロンドーに対するボシュエの弔辞
ある日の午後、前に述べておいた事件とちょうど一致することになるが、レーグル・ド・モーはミューザン珈琲《コーヒー》店の戸口の枠飾《わくかざ》りの所によりかかってうっとりとしていた。彼は浮き出しにされた人像柱のようなありさまをしていた。ただ自分の夢想にふけっていた。彼はサン・ミシェル広場をながめていた。よりかかることは立ちながら寝ることで、夢想家にとっては少しもいやなことではない。レーグル・ド・モーは前々日法律学校でふりかかったくだらない失策のことを考えていたが、別に憂わしいふうもなかった。それは彼一個の将来の計画、もとよりずいぶんぼんやりしたものではあったが、その計画を変化させてしまったのである。
夢想していても馬車は通るし、夢想家とても馬車は目につく。ぼんやりとあちらこちらに目をさ迷わせていたレーグル・ド・モーは、その夢現《ゆめうつつ》のうちに、広場にさしかかってきた二輪馬車を認めた。馬車は並み足でどこを当てともなさそうに進んでいた。あの馬車はだれの所へ行こうとするのだろう。どうして並み足でゆっくり行くのだろう。レーグルはそれをながめた。馬車の中には、御者のそばに一人の青年が乗っていた。そして青年の前には、かなり大きな旅行鞄《りょこうかばん》が置いてあった。鞄に縫いつけられた厚紙には、大きな黒い文字の名前が見えていた、「マリユス・ポンメルシー。」
その名前を見てレーグルの態度は変わった。彼はぐっと身を起こして、馬車の中の青年を呼びかけた。
「マリユス・ポンメルシー君!」
呼びかけられた馬車は止まった。
その青年もやはり深く
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