点については、牧師と哲学者とは一致する。死ななければならない[#「死ななければならない」に傍点]。トラップの修道院長は、ホラチウスに言葉を合わせる。
自己の生活に墳墓の現前を多少交じえること、それは賢者の法則である、そしてまた苦行者の法則である。この関係においては、苦行者と賢者とは一堂に会する。
物質的の生成がある。吾人はそれを欲する。また精神的の偉大さがある。吾人はそれに執着する。
考えなき躁急《そうきゅう》な精神は言う。
「神秘の傍に並んで動かないそれらの人々が何になるか。何の役に立つか。いったい何を為しているのか?」
悲しいかな、吾人を取り巻き吾人を待ち受けている暗黒を前において、広大なる寂滅の手が吾人をいかになすかを知らないで、吾人はただ答えよう。「それらの人々の魂がなす仕事ほど崇高なものはおそらくないであろう。」そしてなお吾人はつけ加えよう。「おそらくそれ以上に有益なる仕事はないであろう。」
決して祈祷《きとう》をしない人々のために、常に祈祷をする人がまさしく必要である。
吾人の見るところでは、すべて問題は、祈祷に交じえられたる思想の量にある。
祈祷するライプニ
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