障害と弊害とをもってしてもなお、確認され許容されんことを欲するものである。修道生活は人間の一問題である。
 修道院、その誤謬《ごびゅう》のしかも無垢《むく》の場所、謬迷《びゅうめい》のしかも善良なる意志の場所、無知のしかも献身の場所、苦難のしかも殉教の場所、それについて語る時には、ほとんど常に然《しか》りと否とを言わざるを得ない。
 修道院、それは一つの矛盾である。その目的は至福、その方法は犠牲。修道院は実に、結果として極度の自己棄却を持つ極度の自我主義である。
 君臨せんがために王位を捨つる、それが修道院制の箴言《しんげん》であるように思われる。
 修道院のうちにおいては、人は享楽せんがために苦業する。死を書き入れた手形を振り出す。天の光明を地上のやみに振り換える。修道院のうちにおいては、天国を相続するの前金として地獄が受け入れられている。
 面紗《かおぎぬ》や道服などの着用は、永遠をもって報いられる自殺である。
 かくのごとき問題を取り扱うには、嘲笑《ちょうしょう》はその場所を得ないように吾人には思われる。善も悪も、すべてが真剣なのである。
 正しき人も眉《まゆ》をしかめることはあ
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