た。絞首台の肱《ひじ》に当たる所に、祭式の行なわれる四角な広間があって、それを修道女らは特別室[#「特別室」に傍点]と呼んでいた。大柱に当たる所に、長老やその他の修道女の分房と修練女の室とがあった。腕木に当たる所に、料理場と食堂とがあって、それと背中合わせに大歩廊と会堂とがあった。六十二番地の門をはいると、閉ざされてるオーマレー小路の角《かど》に寄宿舎があって、それは外からは見えなかった。四角形の残りの部分は庭になっていて、庭の地面にポロンソー街の地面よりもずっと低かった。そのために壁は外部よりも内側の方がはるかに高かった。庭は軽く中高になっていて、中央に一つの築山《つきやま》があり、その上に円錐形をなして梢《こずえ》のとがったりっぱな樅《もみ》の木が一本あって、ちょうど円楯《まるたて》の槍受《やりう》けの丸い中心から溝《みぞ》が出てるように、そこから四つの大径が出ていた。そして八つの小径が各大径の間に二つずつ通っていた。それで庭がもし円形だったら、道の幾何学的配置の図形は、ちょうど輪の上に十字形が置かれたようなありさまになったに違いない。道はみな庭の不規則な壁の所まで達しているので、
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