ール・ドープール夫人だの、デュフレーヌ侯爵夫人などもいた。また一人の女は、身分が少しもわからなくて、鼻をかむ時に恐ろしい音を立てることだけ知られていた。寄宿舎の生徒らは彼女をヴァカルミニ夫人([#ここから割り注]訳者注 とどろき夫人の意[#ここで割り注終わり])と呼んでいた。
一八二〇年か二一年ごろ、アントレピードという小さな定期|編纂物《へんさんぶつ》を当時編集していたジャンリー夫人が、プティー・ピクプュスの修道院の一室にはいりたいと願ってきた。オルレアン公の推薦があった。蜂《はち》の巣をつっついたような騒ぎになった。声の母たちは震え上がった。ジャンリー夫人は小説を書いたことがあったのである。けれども、自分はだれよりも小説をきらう者であると彼女は公言した。そしてまた自分は熱烈な信仰の境地に到達したのだと言った。神の助けと、またオルレアン公の助けとによって、彼女はそこにはいることができた。ところが七、八カ月たつと、庭に木陰がないという理由で出て行ってしまった。修道女らは大喜びをした。老年ではあったが彼女は、なお竪琴《ハープ》をいつも弾じていて、それもきわめて巧みに弾じた。
出て行く
前へ
次へ
全571ページ中417ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング