がありまするよう」に傍点]」を言ってしまわぬうちに、も一人のが「永遠に[#「永遠に」に傍点]」を言うことも時々ある。
訪問会の修道女の間では、訪れて来る者は「アヴェ[#「アヴェ」に傍点]・マリア[#「マリア」に傍点]」と言い、訪れを受ける者は「グラティア[#「グラティア」に傍点]・プレナ[#「プレナ」に傍点]」と言う([#ここから割り注]訳者注 両者合して、めでたしマリアよ恵まるる者よ云々の祈祷[#ここで割り注終わり])。それが彼女らの「今日は」であって、実際「恵まれたる」今日はである。
各時間には、修道院の会堂の時の鐘に加えて三つ補助の鐘が鳴らされる。それを合い図にして、院長も、声の母も、誓願女も、助修道女も、修練女も、志願女も、一様に話をやめ仕事をやめ考えをやめて、皆同時にきまりの祈りを言う。たとえば五時であると「五時にまたそれぞれの時間に[#「五時にまたそれぞれの時間に」に傍点]、祭壇の聖体に頌讃と礼拝とがありまするよう[#「祭壇の聖体に頌讃と礼拝とがありまするよう」に傍点]!」八時であると「八時にまたそれぞれの時間に云々[#「八時にまたそれぞれの時間に云々」に傍点]。」そう
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