住居から、当時十七歳の聖ベネディクトに追い払われたのは、五二九年のことであった。
 いつも跣足《はだし》で歩いて首に柳籠《やなぎかご》をつけ決してすわることをしないカルメル山の修道女らの規則に次いで、最も厳格な規則は、マルタン・ヴェルガのベルナール・ベネディクト修道女らのそれである。彼女らは黒い着物をつけて、胸当てをしているが、その胸は聖ベネディクトの特別な命によって、※[#「丿+臣+頁」、第4水準2−92−28]《あご》の所まで上せてある。広袖《ひろそで》のセルの上衣、毛糸の大きな面紗《かおぎぬ》、胸の上に四角に截《た》たれて※[#「丿+臣+頁」、第4水準2−92−28]まできてる胸当て、目の所まで下ってる頭被、そういうのが彼女らの服装である。すべて黒であるがただ頭被だけは白である。修練女は同じ着物のまっ白なのをつけている。誓願修道女はなおそのほかに大念珠を脇《わき》につけている。
 マルタン・ヴェルガのベルナール・ベネディクト修道女らは、いわゆるサン・サクルマンの女たちというベネディクト修道女らのように、常住礼拝を実行するのである。後者は今世紀の初めに、タンプルに一つとヌーヴ・サン
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