り、その樹木もありふれたものであり、自分がはいりもしないその家は何の役にも立たないものであり、踏み歩くその舗石《しきいし》は単なる石くれであると、人は思うものである。けれども後に至ってもはや故国に身を置かない時には、その街路がとうとくなり、その屋根や窓や戸口が惜しくなり、その壁がほしくなり、その樹木がなつかしくなり、はいりもしなかったその家を毎日訪れ、その舗石の中には自分の内臓や血潮や心を残してきたのであることを、人は感ずるものである。もはや見られぬそれらの場合、おそらく永久に再び見ることのないそれらの場所、しかも心のうちにだきしめているそれらの場所、それは一種のうれわしい魅力を帯び、夢幻の憂愁をもって浮かんでき、目に見得る聖地のごとき趣を呈し、言わばフランスそれ自身の形となるのである。そして人はそれらを愛し、そのあるがままのありしがままの姿を思い浮かべ、それに固執してその何物をも変ずることを欲しない。なぜならば人は、母の面影に対するがごとく祖国の姿に執着するものであるから。
それゆえに、過去のこととして語るのを許していただきたい。それから次に、そのことを注意しておかるるよう読者に願
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