ボー屋敷という名前をもらっていた。
 五十・五十二番地の家のすぐ前には、オピタル大通りの並み木の間に半ば枯れかかった大きな楡《にれ》の木が一本立っていた。家のほとんど正面に、ゴブラン市門の街路が開けていた。その街路には当時人家もなく、舗石《しきいし》もなく、季節によって緑になったり泥をかぶったりする醜い樹木が植えられていて、パリーの外郭の壁にまっすぐに通じていた。硫酸の匂《にお》いがそばの工場の屋根から息をついて吹き出ていた。
 市門はすぐ近かった。一八二三年には外郭の壁もまだ残っていた。
 その市門は人の心に痛ましい幻を与えるものであった。それはビセートルへ行く道であった。帝政および王政復古の時代に死刑囚らが刑執行の日に、パリーへはいってきたのは、そこからであった。一八二九年ごろにあのいわゆる「フォンテーヌブルー市門」の殺人事件が行なわれたのも、そこにおいてであった。それは実際不思議な事件で、官憲もその犯人らを発見することができず、全く不明に終わった惨劇で、ついに解決を得なかった恐ろしい謎《なぞ》であった。それから数歩進むと、あの不吉なクルールバルブ街になって、そこではあたかもメロド
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