。暴君自身もやがて暴虐を被る。おのれの姿を止むる暗黒を後に残してゆくことは、人にとって一つの不幸である。

     五 戦争の暗雲

 この戦いの最初の局面は世人のあまねく知るところである。両軍ともその発端は、不安な不確かなもので、躊躇《ちゅうちょ》せしめ恐れをいだかしむるものであった。しかしフランス軍の方よりもイギリス軍の方がなおさらそうであった。
 雨は終夜降りとおした。地面はそのどしゃ降りにこねかえされていた。水は鉢《はち》にたまったように平原の窪地《くぼち》にここかしこたまっていた。ある所では輜重車《しちょうしゃ》は車軸まで泥水につかった。馬の腹帯は泥水をしたたらしていた。もし密集した輜重の雑踏のためまき散らされた小麦や裸麦が、轍《わだち》を埋めて車輪の下敷きにならなかったならば、いっさいの運動は、ことにパプロットの方の谷間の中の運動は、不可能であったろう。
 事は初まるのが遅かった。前に説明したとおりナポレオンは、その全砲兵を拳銃《けんじゅう》のごとく手中に握り、戦地のここかしことねらいを定めるのを常としていたので、馬に引かれた砲兵隊が自由に動き回り駆け回り得るまで待つこと
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