とにわかにコゼットは歌をやめた。テナルディエの娘たちの人形が、猫のためにほうり出されて、料理場のテーブルから数歩の所にころがってるのを、彼女はふり返って認めたのだった。
すると彼女は、自分の心を十分満たさなかったその着物をきせた剣をすてて、静かに室《へや》の中を見回した。テナルディエの上さんは亭主に何か小声で話しながら金を数えていた。エポニーヌとアゼルマとは猫を玩具《おもちゃ》にしていた。旅客らは食ったり飲んだり歌ったりしていた。だれもこちらを見てる者はなかった。彼女はその機をのがさなかった。膝と手とでテーブルの下からはい出して、だれも見ていないことをも一度確かめて、それから急に人形の所まではっていってそれをつかんだ。そしてすぐに自分の場所に戻り、そこにすわって身動きもしないで、ただ腕に抱いた人形を自分の影に隠そうとするように身をかがめた。本当の人形を持って遊ぶという幸福はめったに知らないことだったので、彼女は今快楽ともいえるほど非常な喜びを感じたのだった。
だれも彼女を見てる者はなかった、ただ粗末な食物をゆるゆると食べてるあの旅客のほかは。
コゼットの喜びはおよそ十五分間ばか
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