に見えていた。
 頭の上には煙の壁のような広い黒雲が空をおおうていた。暗やみの陰惨な面が漠然《ばくぜん》と娘の上におおいかぶさっていた。
 木星は彼方《かなた》の空に沈みゆこうとしていた。
 娘は途方にくれた目をあげて、名も知らぬその大きな星をながめ、そして恐ろしくなった。実際その遊星は、その時地平線のごく近くにあって、たなびいた深い靄《もや》を透かしてみると、恐ろしい赤い色に見えていた。そしてまた変に赤く染められた靄は、その星をいっそう大きく見せていた。ちょうどまっかな傷口のようなさまだった。
 寒い風が平野の上を渡っていた。森はまっくらで木の葉のそよぎもなく、夏の間の漠然たるさわやかな明るみもなかった。大きな枝が恐ろしくつき出ていた。やせた変な形の藪《やぶ》が木立ちの薄い所で音を立てていた。高い叢《くさむら》は北風の下に針のようにうごめいていた。蕁麻《いらぐさ》はよじれ合って、餌食《えじき》を求めている爪をそなえた長い腕のようだった。枯れた雑草が風に吹かれてすみやかにわきを飛んでいったが、何か追っかけてくるものを恐れて逃げてゆくがようだった。どこを見ても、ただ広漠《こうばく》たる痛
前へ 次へ
全571ページ中192ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング