いただ》いている。労働者は甘んじて軽侮され、兵士は甘んじて鞭《むち》打たれる。人の記憶するごとく、インケルマンの戦いにおいて、一人の軍曹がたしかに全軍を救ったと思われることがあったが、彼はラグラン卿からその名を述べらるることができなかった。イギリスの陸軍階級制は、将校以下の者はいかなる英雄をも、これを報告中にしるすことを許さないのである。
 さてワーテルローのごとき種類の会戦において、何物よりも特に吾人《ごじん》の感嘆するところのものは、偶然が示した驚くべき巧妙さである。夜の雨、ウーゴモンの城壁、オーアンの凹路《おうろ》、大砲の音をも耳にしなかったグルーシー、ナポレオンを欺いた案内者、ブューローを正当に導いた案内者、すべてそれらの異変はみごとに導き出されたのである。
 なお全体としてこれを言えば、ワーテルローには戦いというよりむしろ殺戮《さつりく》があった。
 ワーテルローは、あらゆる大戦のうちにおいて、兵士の数に比して最も狭小な正面を有する戦いである。ナポレオンは四分の三里の正面、ウェリントンは半里の正面、しかも双方とも各※[#二の字点、1−2−22]七万二千の兵士。その密集よりあの
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