しながらルネブールグ隊の軍旗を奪ったのは、かかる難関に遭遇したデュボアの旅団であった。
ナポレオンは、ミローの胸甲騎兵をしてその襲撃を行なわしめる前に、その土地をよく観測した。しかし凹路を認めることができなかった。それは高地の表面に一筋のしわをも見せていなかったのである。けれども、ニヴェルの街道との交差角を示している小さな白い礼拝堂から気づいて注意を呼び起こされ、彼は案内人のラコストに、おそらく障害物の有無についてであったろうが、何か聞きただした。案内人は否と答えたのである。一人の百姓の頭の一振りからナポレオンの破滅は生じきたったとも言い得るであろう。
その他の災いがなお続いて起こりきたることになった。
しかしナポレオンはその戦いに勝利を得ることが可能であったろうか? 吾人《ごじん》は否と答える。何ゆえに? 敵がウェリントンであったがためか、またはブリューヘルであったがためか? いや。それは実に神の意《こころ》であったからである。
ボナパルトがワーテルローの勝利者となる、それはもはや十九世紀の原則に合っていなかった。ナポレオンがもはや地位を占めることのできぬ他の多くの事実が生じかかっていた。ナポレオンに対して快からぬ世運の意志は既に疾《と》くに宣言されていた。
この巨人の倒るべき時機はきたっていた。
人類の運命のうちにおけるこの一人の過度の重さは、平衡を乱していた。この個人はおのれ一個で、一団の天下の衆人よりもいっそうの重みを有していた。ただ一個の頭の中へ過剰に集中された人類の全活力、一人の頭脳へ集められた全世界、もしそれが持続したならば文化の破滅をきたしたであろう。いまや乱すべからざる最高の公明は、考慮をめぐらすべき時機に立ち至っていた。物質上の秩序におけると同じく精神上の秩序においても規定の重力関係があって、その関係の基礎となるべき原則および要素は、おそらく不満の声を発していたであろう。煙る血潮、みちあふれた墳墓、涙にくれてる母親、それらは恐るべき論告者である。地にしてあまりに重き荷に苦しむ時には、神秘なる呻吟《しんぎん》の声が影のうちより発し、無限の深みにまでも達する。
ナポレオンは既に無窮なるもののうちにおいて告発され、その墜落は決定されていた。
彼は神のわずらいとなっていた。
ワーテルローは一個の戦闘ではない。それは世界の方向転換である。
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