城壁をつき破る青銅の撞角《とうかく》のごとくまっしぐらに、ラ・ベル・アリアンスの丘を駆けおり、既に幾多の兵士の倒れてる恐るべき窪地《くぼち》に飛び込み、戦雲のうちに姿を消したが、再びその影から出て、谷間の向こうに現われ、常に密集して、頭上に破裂する霰弾《さんだん》の雲をついて、モン・サン・ジャン高地の恐ろしい泥濘《でいねい》の急坂を駆け上って行った。猛烈に堂々と自若として駆け上っていった。小銃の音、大砲の響きの合間にその巨大なる馬蹄《ばてい》の響きは聞かれた。二個師団であって二個の縦列をなしていた、ヴァティエの師団は右に、ドロールの師団は左に。遠くからながむると、あたかも高地の頂の方へ巨大なる二個の鋼鉄の毒蛇《どくじゃ》がはい上がってゆくがようだった。それは一つの神変のごとくに戦場を横断していった。
かくのごとき光景は、重騎兵によってモスコヴァの大角面|堡《ほ》が占領された時いらい、かつて見られない所であった。ミュラーはもはやいなかったが、ネーは再びそこにいた。あたかもその集団は一つの怪物となりただ一つの魂を有してるがようだった。各中隊は環状をなした水蛭《みずびる》の群れのごとく波動しふくれ上がっていた。広漠たる戦雲の所々の断《き》れ目からその姿が見られた。甲冑《かっちゅう》と叫喚と剣との交錯、大砲とラッパの響きのうちに馬背のすさまじい跳躍、整然たる恐るべき騒擾《そうじょう》、その上に多頭蛇の鱗《うろこ》のごとき彼等の胸甲。
かかる物語はあたかも現今と異なる時代に属するかの観がある。これに似寄った光景はたしか古代のオルフェウスの叙事詩中に出ている。そこには、人面馬体をそなえてオリンポスの山を乗り越えた、不死身《ふじみ》の壮大なる恐るべきタイタン族、サントール、古《いにし》えのイパントロープ、すなわち神にして獣なるあの怪物のことが、語られている。
不思議にも同数であったが、二十六個大隊のイギリス兵がそれらの二十六個騎兵中隊を迎え撃たんとしていた。高地の頂の後ろに、掩蔽《えんぺい》された砲座の影に、イギリス歩兵は二個大隊ずつ十三の方陣を作り、第一線に七個方陣、第二線に六個方陣をそなえて二線に陣を立て、銃床を肩にあて、まさにきたらんとするものをねらい撃ちにせんとして、静かに鳴りをひそめて身動きもせずに待ち受けていた。彼らには胸甲騎兵の姿が見えず、胸甲騎兵にも彼らの姿
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