はあなたをそばでよく見ようと思って手に取り上げて、それからまた下へおろされたのでしょう。ただあなたを男の修道院の中へおろそうとして、まちがえられたんです。それ、また鐘が鳴ります。門番へ合い図の鐘です。門番は役所へ行って、検死の医者をよこすように頼むんです。それは人が死んだ時にきまってやることです。修道女たちは医者が来るのをあまり好《す》きません。医者という者は少しも信仰のないものですから。医者は面紗《かおぎぬ》をはずしたり、時とすると他の所までめくります。それにしてもこんどは大変早く医者を呼びますが、どうしたんでしょう。あああなたのお児さんはまだ眠っていますね。何とおっしゃるんですか。」
「コゼット。」
「あなたの娘さんですか。まあ言わば、あなたはその祖父《おじい》さんとでも?」
「そうだ。」
「娘さんの方は、ここから出るのはわけはありません。中庭に私の通用門があるんです。たたけば門番があけてくれます。負いかごを背負って娘さんを中に入れて、そして出ます。フォーシュルヴァン爺《じい》さんが負いかごをかついで出かける、ちっとも不思議なことじゃありません。娘さんには静かにしてるように言っといて下さればよろしいです。上に覆《おお》いをしておきます。シュマン・ヴェール街に果物屋《くだものや》をしてる婆さんで私がよく知ってる者がありますから、いつでもそこに預けることにしましょう。聾でして、小さな寝床も一つあります。私の姪《めい》だが、明日《あした》まで預っていてくれ、と耳にどなってやりましょう。そしてまた娘さんはあなたといっしょにここにはいってくるようにしたらいいでしょう。私はあなたがたがここにはいれるように工夫します。ぜひともそうします。ですが、どうしてまずあなたは出たものでしょう。」
ジャン・ヴァルジャンは頭を振った。
「私は人に見られてはいけないのだ。それが一番大事な点だ、フォーシュルヴァンさん。コゼットのようにかごにはいって覆《おお》いをして出られる方法はないものだろうか。」
フォーシュルヴァンは左手の中指で耳朶《みみたぶ》をかいた。非常に困まったことを示す動作だった。
その時第三の鐘が鳴って頭を他に向けさした。
「あれは検死の医者をいよいよ迎いにゆく合い図です。」とフォーシュルヴァンは言った。「医者は死人を見てから、死んでいる、よろしい、と言うんです。天国への通
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