ます。ここでは、男がいることは疫病神《やくびょうがみ》がいるようなものです。ごらんのとおり、猛獣かなんぞのように私の膝《ひざ》にもこうして鈴をつけておくんです。」
ジャン・ヴァルジャンはますます深く考え込んだ。「この修道院のおかげでわれわれは助かるだろう」とつぶやいた。それから彼は声をあげた。
「そうだ、困難なのはここにとどまることだ。」
「いえ、」とフォーシュルヴァンは言った、「出ることが困難なんです。」
ジャン・ヴァルジャンは全身の血が心臓に集まってくるように感じた。
「出るのが?」
「そうですよ、マドレーヌさん、ここにはいるにはまず出なければなりません。」
そして、喪の鐘がまた一つ鳴るのを待って、フォーシュルヴァンは続けた。
「こんなふうでここにいるわけにはいきません。どこからきなすったかというのが問題になりますよ。私はあなたを知ってますから、天から落ちてきたでよろしいですが、修道女たちにとっては、門からはいってこなければいけませんからな。」
その時突然、別な鐘のかなり複雑な音が聞こえた。
「あああれは、」とフォーシュルヴァンは言った、「声の母たちを呼ぶ鐘です。集会へ行くんです。だれかが死ぬと、いつも集会があります。今の人は夜明けに死にました。死ぬのはたいてい夜明けなんです。がとにかくあなたは、はいってきた所から出て行くわけにはいきませんか。これはこと更お尋ねするわけではありませんよ、ただはいってきた所から出て行くわけには?」
ジャン・ヴァルジャンは青くなった。あの恐ろしい街路へまた出て行くことは、考えただけでもぞっとした。虎《とら》がいっぱいいる森から出て、やっと外にのがれたかと思うと、またそこにはいってゆけと勧められたようなものだった。まだその一郭には警察の者らがうようよしている、警官は見張りをしているし、番兵は至る所に立っているし、恐ろしい拳《こぶし》は彼の襟首《えりくび》をねらっているし、ジャヴェルもおそらく四つ辻《つじ》の片すみに待ち受けているだろう、そうジャン・ヴァルジャンは想像していた。
「それはできない!」と彼は言った。「フォーシュルヴァン爺《じい》さん、まあ私は天から落ちてきたとしておいてもらいたい。」
「ええ私はそう思ってます、そう思ってますとも。」とフォーシュルヴァンは言った。「そんなことはおっしゃらなくともよろしいですよ。神様
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